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 昭和50年4月に大学へ入学して、私はすぐに「燃え尽き症候群」的な精神状態になった。要するにあまり勉強せず、アルバイトと山歩きのサークルに没頭していたのである。東京というところは、誠にもって飽きない世界だった。いろいろなアルバイトを経験したが、どれもが新鮮ですべてが人生勉強だった。だから大学に行って授業を受けている暇などなかったのである。
 1年生の学年末試験は年が明けた1月下旬から始まったが、学園紛争の影響がまだ残っていて、ほとんどがレポート提出に代えられた。一般教養科目は適当なレポート(作文)を出せば大方の科目は単位が取れたのだが、語学はそういかなかった。特に選択したフランス語は簡単にできない設問ばかりであった。クラスのみんなで分担してやることになったが、私は授業に出ても勉強が頭にまるっきり入っていない。予習も復習もほとんどやっていなかったので基本的な文型や動詞の変化などが理解できてない。仕方なく自分の分担箇所をサークルの先輩に丸ごと投げてしまい、答えを書いてもらった。それらを持ち寄ってすべてが完成。担任の先生には共同作業で作り込んだ合作ということがバレバレだった。
 次に英語。これの英文和訳の量が半端ないものだった。敵(担任の先生)も大したもので、日本語訳が無いテキストをわざと選んで使っている。
 どうしようということになり、どんな分量でも1ページ500円で翻訳してくれる会社があるという情報を誰かが聞いてきて、早速そこへ頼むことになった。学生には結構評判がいいようで、東京の大学生なら誰でも知っているような会社だったのである。クラスで勉強に不真面目な者が10名前後集まってお金を出し合う。翻訳されたそれをコピーしてそれぞれが書き写す。これも先生にはバレバレである。しかしこれで語学関係は何とか単位がすべて取得できて1年次は乗り切れた。
 2年になるとこれではいかんと真面目に大学へ通い始めた。英語もフランス語もきちんと学習したのでテストはなんとかパスできた。ある情報によると、件の会社は、請け負った翻訳の業務が著作権の侵害に当たるとのことで、もうそういう学生向けの翻訳の仕事をやめたらしい。そんな話が流れてきた。
 結果的に1年生の時のテストは、翻訳会社のお蔭で何とか2学年へ進級出来た。2年生になってからはいくらか大学生らしい勉強を始めたので、自力で専門課程の3学年に進むことができた。結果的にラッキーと言えばそうかもしれない。
 さてテレビでしきりにコマーシャルを流している化粧品・健康食品の会社があり、名称はアルファベット3文字である。私は以前にも話したが、アルファベットの略称は、正式な名前を知らないと体に蕁麻疹ができるくらい気になる性癖がある。この会社も、コマーシャルを観るたびに何の略称なのか気になっていた。ある時、何気にネットで検索して驚いた。もともとは大学生相手に語学テキストなどの翻訳を請け負っていた会社の社長が、その後起こした事業がその化粧品会社だというのである。40年以上前の懐かしい記憶が急に甦った次第。
 それを私と同じような時期に東京の大学へ通っていた職場の同僚に早速話してみると、翻訳会社のことを知っている者は誰もいなかった。俺以外のみんなは真面目に勉強していたんだなぁ、と今更ながら反省した。

 



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