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 今でもはっきり憶えているのだが、平成24年の春、風呂上がりに左脚の付け根に変な膨らみを感じた。痛みは全くないので、少し気になったがそのままにしておいた。何か悪性のものだったら、進行してさらに症状が出るだろうと放っておいたのである。
 それから2年間、付け根を触るたびに出たり引っ込んだりしていたのを承知していたが、ある日何気なくネットで検索すると自己診断は簡単に出来た。両脚の付け根には、鼠が通れるような径(みち)があり、腸がそこからはみ出ていたのである。ヘルニア(脱腸)と呼ぶ病気。多分ほぼ間違いない自分の見立てを持って病院の外科を受診してみると、医師からそのとおりであるとあっさり結論が出され、1か月後に手術することとなった。
 入院は3泊した記憶がある。初日は家族を含めての手術説明と改めての同意確認、2日目の午前に下半身麻酔による本番の手術を受けた。3日目は痛みが凄くて歩けなかったが、いくらか歩行のリハビリを行い、4日目にはかなり収まって午前に退院した。痛みはその後1、2週間は続いたと記憶している。
 今でも思い出すことは、下半身麻酔なので意識がしっかりしていて、手術している2人の外科医の会話が聞こえていること、いざメスを入れて患部を切り開く際の感触が、麻酔が効いていても分かったことである。
 短かったが入院中いろいろな医療職の方が代わる代わるベッドにやって来た。一番頼りになったのはやはり看護師さんだった。夜中でも定期的に見回るその使命感に対して、当たり前の業務をしているだけなのかもしれないが、素晴らしい職業だと改めて感じた。そう感じたからこそ、最近はなくなって来たナースキャップは着けていてほしいと思った。ナースキャップは、病院で一番頼りになる人のシンボルだと思う。
 執刀医からは、手術前の1か月は禁酒してくださいと言われて飲めないことの辛さを味わった。その期間中受診した麻酔科医にそのことを話すと、いかにも酒が好きそうなその麻酔科医はきょとんとした顔をした。この違いは何なのだと、これも記憶に残っている。しかし、1か月の禁酒は心の準備期間と考えてそのとおりに守った。
 入院中相部屋だった私より年配の患者さんが、何の病気か知らないが手術日の前日、元気な声で奥さんと会話していたのに、無事に終わった手術後は、奥さんに対して蚊の鳴くような声で話しかけていた。その豹変ぶりにはびっくりし、かつ可笑しかった。よほど怖かったのだろう。
 最後に尾籠な話しで恐縮だが、それまで軟便の傾向があったのが、退院後それが全くなくなったのには驚いている。毎朝飲む牛乳は、以前は冷たいまま飲めば必ずと言っていいほど下痢してしまうので真夏でも必ず温めていたが、退院後は冷たいままで飲むことが平気になった。しかし長年の習慣はなかなか変えられず、やはり今でも電子レンジで牛乳を温めている。
 病院へ入院することは50歳を過ぎて人生初めての経験だったので、この4日間は貴重な経験になった。しかし当分は入りたくない。



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