通過儀礼としてのアルコール
川柳作家 三上 博史
大学の新入生がコンパで飲酒の怖さを知らずに強要されて泥酔する。急性アルコール中毒を発症して、最悪の場合は亡くなってしまう。かつてはそんな痛ましい事態がたびたび起きて、各大学も学生指導を厳しくするようになった。今では、大学生でも社会人でも20歳になるまで一切飲酒は禁止というルールが、世間で一応は確立されているようである。
私も大学に入って間もなく、野外の飲み会で一升瓶をラッパ飲みして口から泡を吹くほどの酩酊状態に陥った苦い経験がある。翌日に二日酔いで相当気分が悪くなったことだけはしっかり憶えている。そしてその醜態のことで周りによく弄られたものだった。
昭和から平成・令和へと時代が移ろっていくと、何につけコンプライアンスが重視され、一気飲みだけでなくアルハラ(アルコールハラスメント)と呼ばれる類いは一切ご法度になった。過度な飲み方は敬遠されて、何につけ飲む者の意思が尊重されるようになる。しかし人間関係の潤滑油、メンタル面の浄化作用(要するにストレスの発散)として、アルコールとともに人生を歩み続けるとしたら、何らかの通過儀礼が必要な気もする。
毎年1月の成人の日の夜は、二十歳の集いを終えたスーツ姿の若者たちが居酒屋などに集まってワイワイ楽しんでいるが、これも小さな通過儀礼に当たるのだろう。さらにほろ苦い通過儀礼を経験することも、青春の一つの思い出になるのではないか。
大人への階段になるアルコール
博史
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