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 私が子供の頃、正確には18歳で東京の大学へ行くために家を離れるまで、我が家では夕食で作る天麩羅の具材で牡蠣を使うことが時々あった。牡蠣フライではなく牡蠣天麩羅である。
 どうもそんな料理を作っているのは我が家だけらしいことに気づき始めたのは高校生の頃だったろうか。他所と違う我が家の食生活の風習について少し恥ずかしいような思いもあったが、それでもとにかく牡蠣の天麩羅は旨かった。
 母親がよく愚痴をこぼしていたのだが、牡蠣は水分が多いので、油で揚げると水撥ねが凄いのである。手や腕のところに撥ねると少し痛い。
 それでも母親はこれにめげず家族のためによくこれを天麩羅のメニューの一つとして揚げていた。私がねだっていたのかもしれない。夕食の天麩羅の残りを次の日の昼弁当に入れることがよくあったが、牡蠣の天麩羅も入っていることが偶にあった。さくさく感は全くなくなるが、弁当に入れた牡蠣の天麩羅もそれなりに旨い。
 しかし、我が家でも私が大学を卒業して実家に戻ってからは何故か作らなくなった。母親が油撥ねを嫌がり始めたからか。今となっては全く以て不明である。
 牡蠣をフライにして(タルタル)ソースで食べるのもいいが、天麩羅にして醤油で味付けるのもやっぱり美味しい。もう何十年も牡蠣の天麩羅は食べていない。少なくとも私にとっては幻の料理となってしまった。
 ちなみに母親が作る天麩羅では、葱と烏賊のかき揚げも旨かった。これももう久しく食べていない。今更93歳になる老母に作ってくれとは頼めない。もし頼んだら、すっかり骨粗鬆になってしまった老骨に鞭打ってやり出しかねないので、申し訳なくて口に出せない。

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