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 2021年4月21日のブログに「元に戻らない | 三上博史ブログ (shinyokan.jp)」を書いたが、その続編である。
 いよいよ、今年からコロナに関するいろいろな規制解除が徐々に始まる。感染症としての位置づけが2類から5類に引き下げられれば、一気に街の雰囲気、国民の意識は変わるはずだ。どのようにして元の状態に戻っていくのか、傍観者的な立場で私も世相を眺めていきたい。
 昨年の夏、人間ドックで眼圧が高いと指摘され、その後大学病院の眼科を紹介されて受診した。視野検査を行い、緑内障の疑いがあるということで点眼薬をつけている。その点眼薬は院外処方で病院前のいわゆる門前薬局で買い求めた。
 門前薬局は病院前の通りにいくつも並んで立っているが、選んだところは馴染みの薬局だった。亡母が平成21年から30年までその大学病院の内科外来に3か月に1回程度受診し、処方された内服薬はいつもその薬局でもらっていたのである。
 久しぶりに自動ドアから薬局に入ると、少し配置が変わっていた。待合席がゆったりとした間隔になっていた。これはコロナの影響、感染防止によるものだから当たり前の措置である。
 かつて母と来ていた時は、受付して待っている間に無料のコーヒーを飲んでいた。サーバーに自分で紙コップを置いて注ぐセルフサービスのものである。そしてマガジンラックにある週刊朝日などを手に取ってページを捲っていた。これを10年近く続けていたのである。
 今ではコロナでサーバーもラックも撤去されて何もない。すっきりしている。母の外来受診がある日は午後に有給休暇を取って同伴していたのだが、受診後の薬局に行く際に必ずやっていた、コーヒーを飲み週刊朝日を読むルーティンのようなことがコロナの所為で出来なくなっていた。一抹の侘しさを感じる。そして、この薬局はいつコーヒーと読み物のサービスを復活するのだろうかと、ふと思った。なかなかすぐにはそうならないだろうとも予想した。感染の恐ろしさが一旦沁みついてしまうと、なかなか元に戻せないのだ。
 母が亡くなって、かつて母と来ていた頃に目にした、経験した私の薬局の待合風景はもう当分は再現できない。こんな様変わりはコロナ以降どこにでもあるようなことだろうが、今更ながら失われた風景に懐かしさを覚える。コロナという感染症も怖いが、それが大流行したことによる日常生活の激変、当たり前だったことがある日当たり前でなくなって消えてしまう怖さと驚き、そしてなかなか元に戻らないであろう時の流れに些か感傷的になってしまう。
 母が亡くなってからの葬儀の際に、お通夜から告別式までの一晩を葬儀場で故人と一緒に過ごすかどうか考えた。父が亡くなった時は、姉と二人で葬儀場に泊った。姉は翌朝全然眠れなかったと言っていたのを憶えている。
 葬儀の事前打ち合せの際の担当者から聞いた話しによると、コロナによって葬祭業界はがらりと変わったということである。まず、お通夜の夜に親族が葬儀場に泊るようなことはほとんどなくなった。感染防止ということが大きな理由であるが、それ以外にもいろいろと理由はあるらしい。泊る方が高齢者なのでベッドでないと寝起きが出来ない、畳の上の布団は無理などというケースもあるらしい。まさに見送る方も高齢化が進んできて、そのことについての配慮も求められるようになったのである。結局、私も泊るのは止めた。
 通夜振る舞いや精進落としも弁当となり、故人を偲んで酒を酌み交わすようなこともなくなった。そして、葬儀の簡素化・低価格化がさらに進行している。直葬や家族葬が主流となってきた。施主側も年金暮らしの方ばかりである。大きなお金はかけられない。参列する親戚関係も年金生活者である。かつて盛んに言われた「葬式貧乏」(香典の出費が重なること)という言葉もいずれ死語になるのではないか。担当者が実感しているのは、この流れは元には戻らないだろうということだった。
 寺院や神社が少しずつ消えていく現在、墓地を買い求めて墓石を建てることも少なくなっていくだろう。埋葬の形態も変わり散骨や樹木葬が増えていく。葬儀と埋葬ももう元のやり方に戻らない。
 社会的にはリモートワークが更に進展していくだろう。世の中全体が少しずつ変わっていく。いろいろなイベントが復活して活性化が取り返せても、元に戻らないものは多いはずだ。

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