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 川柳と出合って30年近くなるが、すぐにこれは生涯の友になるだろうと感じていた。その後間もなくそのとおり親友になってしまった。
 最初は地元の下野川柳会への句会参加、新聞柳壇への投稿などがメインだったが、全国各地で開催される誌上大会へも積極的に投句するようになった。
 毎日の生活、特に仕事のことでむかつくことがあったりするとストレスが溜まってくる。馬鹿な上司と仕事のやり方で口論したりすると、家に帰ってもその高ぶりがなかなか収まらない。収まっていても家でぶり返す。今までの自分なら缶ビールやコップ酒に走ったりしたものだったが、川柳という親友に出会ってからは、その捌け口として雑詠の川柳をよく詠んだ。決して相手への悪口をストレートに詠み込むのではなく、自分との対話をしながら詠むのである。そうすると何かが見えてきたり、新しい地平が開かれたりする。満足した出来栄えのものは、誌上大会の雑詠の部へ投句したりしていた。
 仕事でストレスが溜まった日に家へ帰ると、誌上大会の結果を載せた柳誌が届いていたりする。早速開封してページを捲ると、何と私の句がトップに入賞しているではないか。そうすると仕事のストレスも吹っ飛ぶ。酒も飲まずにストレス発散である。私の詠んだ句を分かってくれた選者がいるだけで素直に嬉しくなるのである。
 また誌上大会の入賞の知らせから久しく遠ざかっていると、すっかり忘れた頃に朗報がやってくることがある。神様が日々川柳に向き合っている私を労るようにそうしてくれたのかもしれない、などと自分なりに思ったりするのである。
 そういう経験を何度も積み上げてくると、川柳は私の親友だと改めて思えてくる。私の心の中では、川柳は既に擬人化されたパートナーなのである。
 この文章を書くきっかけとなったことは、最近いろいろとつまらぬ心配をして悩むことがあり、気分が重たい日が続いた。そんな時に会員として所属する大阪の「川柳文学コロキウム」の柳誌が届いて何気なく読み進めていくと、前号に載った私の作品の中の一句を鑑賞して褒めてくださる文章に出合い、もの凄く感激したのである。素直に救われた感じがした。同じ結社の会員同士ということだけで顔も存じていない方から評価される。こんな嬉しいことは滅多にない。川柳の醍醐味の一つを味わった。
 こんな経験を何回もするから、おそらく死ぬまで川柳を詠み続けることだろう。そして自分以外の人間の作品も丹念に味わって、自分の心の糧にするだろう。これも死ぬまで続く。



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