受験前夜の燗酒
川柳作家 三上 博史
地方に住んでいる若者は東京に憧れる。これは昔から変わらないことであるが、私も例外ではない。約50年前に受験した大学はほとんどが東京だった。
その頃は受験のための宿泊先にホテルを選ぶこともあったが、いくつもの大学を受けるとなると連泊になり、家計の負担も大きい。そんな訳で東京の親戚宅を頼る者も多かった。
私も父方の遠い親戚が多摩地区に住んでいて、そこに泊まらせてもらった。寝泊りだけでなく一日三食(昼はおにぎりの弁当)の食事をお願いする。予備校の公開模試などで東京には通い慣れていたが、私鉄に乗り換えて初めて郊外へ向かうには緊張したものだった。
親戚宅のご主人は、陶器を作っている会社に勤めている職人肌の人だった。翌日に受験する大学の下見を終えて、夕方には親戚宅に辿り着く。それからご主人が帰宅し、炬燵を囲みながら家族と一緒に晩ご飯となる。小学生のお子さんが二人いた。
このご主人が酒好きで滅法強い。晩酌しながら酔いに任せていろいろ話し始める。家族は毎度のことなのでほとんどスルーしている。私はまだ高校三年生、話には耳を傾けないとまずいのではないかと気を遣っていたのだが、何と、お猪口を私に差し出して「博史君、君も呑みたまえ」と注いでくる始末である。固辞したがしつこかった。燗酒を2、3杯呑んだだろうか。それだけでも酔いが回ってきた。奥さんは呆れていた。寝る前に、これはまずいかな、と一瞬不安が過ったが、翌日の朝はスッキリした気分で目が覚めた。
受験など些末なことだ飲みたまえ
博史
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