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 元旦の楽しみは朝から酒が飲めることであろうか。それ以外の364日は、朝から酒を飲むようなことはしない。厳密に言えば若い頃は温泉宿などで偶にそういうことをしていたかもしれないが、そんな記憶も遠い過去の話しである。
 さて現在60歳半ばの自分が正月について無性に思うことがある。それは、昭和の時代の正月が懐かしいのである。正月の三が日、お店などはどこもやっていない。家族で出かけるのは近所で済ます初詣ぐらい。そんな昔の長閑さがどうしようもなく懐かしく感じられる。
 川柳六大家の一人である前田雀郎に「榴花洞日録」(昭和12年2月28日発行)という句集がある。雀郎が生前発行した唯一の句集である。タイトルに日録とあるとおり、1月から12月までの1年間、季節を追ってに詠んだものが載っている。最初の方をいくつか記してみたい。
  屠蘇の座にきのふ思へば遙かなり
  古きものゝ閑かさ見たり松の内
  正月も三日の寒き夜となり
  暖かさ凧の影置く屋根瓦
  松取れて春冴えかへる朝の水
  正月に倦きると齢を一つとり
 昭和の時代に今更戻りたいとは思わないが、齢を重ねるとどうしても昔を懐かしむことが多くなってくる。その当時がよかった、いい時代であったとは決して思わないのに、それは充分承知しているのに、どうしてもほのぼのとしたこととしてそれらは思い出される。老いてくると遠い記憶がすべて穏やかなものに変換されているのかもしれない。だから、こういった雀郎の句を読むと、時代は更に遡る情景ではあるのだが、すんなりと私の心に響いて馴染むのである。
 正月に朝からお屠蘇を飲む。お天道様が昇り始めて明るい日差しが入る部屋で静かに酔いが回り、つまらぬことを思い出したり、忘れていた昔の記憶が甦ったりする。めでたさの中にも、そんな断片的な時間が毎年の正月にはある。

 

 

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