年号と西暦について
公的(お役所的)なところでずっと働いていたので、公文書に年月日を記す際には、元号法に基づいて、西暦ではなく年号を使用することがルールだった。両方を併記する場合は、「令和6年(2024年)」というふうに年号を主体にする表記になっていた。40年近くになる現役時代のこの習慣がしっかり身についているので、...【続きを読む】
菓子折りの思い出
30数年前に日本を襲ったバブル経済というのは、今から振り返ってみても実にバカバカしい現象を巻き起こしたものである。民間の不動産屋や金融業のみならず、営利を追求しない公的な団体にまで影響が及んで、おかしな振る舞いがまかり通っていた。そしてバブルが破裂してもその余波はしばらく残っていた。
その頃の私...【続きを読む】
国語辞書編集の限界について
国語辞書をあまり使わなくなった。かつては例会や大会へ参加する際、重くても必ず国語辞書や類語辞典を持ち込んだものだった。今改めて手元にあるそれらを眺めてみると相当の手垢が付いている。もちろん自室に籠って作句に励む場合も辞書は必須アイテム。課題吟ならば、何か発想を探し出す前に言葉のきちんとした本来の意...【続きを読む】
歴史や世界と過激派について
先日、かつての過激派の一人(指名手配されて顔写真が駅などによく貼られていた)が50年近い逃亡(潜伏)の末に亡くなっていたことが判明し、テレビのニュースなどでかなり話題となった。過激派とは、今で言えばテロリスト。爆破事件を起こした当時はテロという言葉もあまり広まっていなかった。
平成生まれの若い世...【続きを読む】
予測変換的世界と詩情について
パソコンやスマホの予測変換は簡単便利なものである。入力する主体(自分のこと)よりツール(パソコンなど)の方が遥かにお利口だと勘違いしそうになる。
途轍もない量のビッグデータをもとにしてAI機能が発揮する文章作成は、展開される文に関して、一番適切で妥当と判断されたものを探し出して引用する。これは予...【続きを読む】
読書と物音について
私は物音に敏感な方である。何かに没頭している時に、どこかから音楽が流れてくるようなことがある場合でも、すぐに気が散って集中力が持続できなくなる。
その性癖は若い時分から自覚していることだった。高三の受験生の時、夏休みの勉強は当初昼間にやっていたのだが、家の外の騒音、家の中の物音が気になって夜型に...【続きを読む】
使い回し川柳、焼き直し川柳
平成4年頃に川柳と出合い、すぐ虜になった。おもしろくて堪らない。多読多作を心がけて自分なりに上達しようと努力した。だから、その頃に感銘を受けた秀句・佳句は今でも忘れていない。そういった作品を手本にして、自作の研鑽に励んだ訳である。
平成5年には地元の下野川柳会に入会し、毎月の例会に参加していたの...【続きを読む】
食べながら歩いて「食べ歩き」
以前「食べながらあまり歩かぬ食べ歩き」という句を詠んだことがある。「食べ歩き」の使い方が何となく気になってネット検索してみると、まず「goo辞書」には、概ねこのように記されていた(分かりやすくするために若干読みやすくしている)。
その土地の名物料理や珍しい食べ物を、あちこち食べて回ること。例とし...【続きを読む】
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