骨(ほね)と骨(こつ)
前回の続きのようになるが、この短歌番組ではある歌人の作品が紹介されていた。その中に「(火葬場で)骨拾う」というフレーズが出てきた。指導講師は「ほねひろう」と読んだ。
これにまたまた私は違和感を持った。火葬場で焼かれた人間の「骨(ほね)」は一般的には「お骨(こつ)」になるのではないか。もちろん「骨...【続きを読む】
嗅覚と臭覚について
先日、NHKの短歌番組を観ていたら、指導講師が「臭覚」という言葉を使っていた。これは「嗅覚」の間違いではないかと私は気がついた。放送が終わっても気になっていたので辞書を引いてみると、「臭覚」なる言葉は何と日本語としてきちんと存在していて、「臭覚は嗅覚と同じ。嗅覚の改称」と説明されていた。67歳にな...【続きを読む】
国立大学教授
6月22日(土)に観たNHKのEテレ特集「私と先生とピアノ」(再放送、初回放送日は2023年11月4日)で思ったことがあるので記したい。
番組ホームページには以下のように紹介されている。
[ももちゃんは17歳の沖縄の少女、青春は「ピアノ」そして「戦争」だった-学徒動員によって沖縄戦の戦場に駆り出...【続きを読む】
多読多作で多捨なのか?
川柳でも俳句でも多読多作が上達の近道、いや王道。これはよく言われることである。これに異論をはさむ者はあまりいないだろう。もちろん私もそのように考えていて、川柳指導の場では、折にふれこの言葉の大切さを説いている。
俳句では、この言葉に続いて多捨を加える人が結構いる。多読多作多捨。上達するための作法...【続きを読む】
腕時計の時間について
私が何につけ辛抱の足りない人間であることは、以前ここで既にカミングアウトしている。おそらくそれは発達障害的な側面もあるのだろう。
大学に入学してから、90分の授業に慣れるのが実に大変だった。高校生の時代とは違って、2倍近い時間をずっと座っていなければならない。時計の分針が一回りして、さらに180...【続きを読む】
上がってお茶でも飲んでいったら
地方の生まれ育ちなので、誰か来客があると、とりあえず家の中へ上がってもらい、お茶を出すという習いが大体どの家でもあった。わざわざ応接間には招じ入れない。茶の間が普通である。縁側になることもあった。農家なら土間があるので、そこの上がり框(かまち)に座ってもらう場合が多い。お茶とお茶菓子を出す。適当な...【続きを読む】
炊飯器が壊れた
先日、我が家の電気炊飯器が故障した。朝起きて気がついたら、タイマー設定していたのにご飯が全く炊けていなかったのである。取扱い説明書を引っ張り出してきてエラー表示を調べると「販売店に持って行ってください」との説明。うーん、やっぱりダメかとの思いが脳裡を過る。
とりあえずお米は鍋で炊いて何とか朝食を...【続きを読む】
道のりは長い
2月に「令和川柳選書 ほぼほぼとほぼ」(新葉館出版)が刊行されて、現段階で残された仕事は、柳歴30年を超える私の川柳人生をとりあえず総括するような句集の上梓である。
その心の準備はずっと以前からしていた。そしていよいよ取りかからなければならない。確実に迫ってきた感じである。実は、何も動いていなか...【続きを読む】
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