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続いて触れたのが、以下です。

① 日本人の祖先は大陸の文化をやみくもに受け入れるのではなく、上手に取捨選択したこと。受容したものと、受け入れを拒否したものがあるのです。漢字や仏教、律令制は受け入れましたが、宦官や纏足、科挙等は拒否しました。祖先のこの選択は正しく、かつ賢かった。

② 漢字の音読み(大陸の読み)を教わったのみならず、それに訓(日本の読み)を当てはめて読んだこと。訓読みによって、古代中国語を日本語として読むことを可能にしたのです。漢字を日本化したのです。大変な知恵でした。たしかに漢字のルーツは大陸ですが、現在日本で使われている漢字は長い年月を経て、さまざまな日本的改良を加えて、もはや日本独自のものと言うべき(『漢字は日本語である』(小駒勝美、新潮新書))なのでしょう。

③ 日本語は音声的には単純です。中国語の四声や、欧米語の強弱アクセントのようなリズムは作れません(ココで李白の詩や英語の詩をオーバーアクションで読み上げる)。そこで、生まれたのが音数律。音声的に単純な日本語でリズムを作る際に、音と音との間を切って、リズムを作った(音数律に頼った)という訳なのでした。

教室では、リズム正しく読むことを心がけました。さらには、4拍子(休止符も含めて)を分かって貰おうと、タクトを持っているかのように腕を振りながら、俳句や川柳(五七五)を読み上げてみました。パフォーマンスは大事ですね。学生たちのオドロキの表情がとても印象的でした。

学生ばかりではありませんでした。授業後には、賴衍宏先生から「江畑先生は(合唱か何かの)指揮を執っておられたのですか」と聞かれちゃいました。「いえ、いえ」と答えながらも、小生苦笑い。

本日はココまで。

〔写真は、校長発 小生への正式な依頼状。ちょっと大げさ!?〕

(追)すみません。所用により、1週間ほどブログを休みます。



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