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 食品の賞味期限と消費期限の表示が法令に基づて義務化され、既に定着化して久しいものとなったが、これと並行して食品ロスの問題もいろいろなところで表面化している。
 ある友人が、こんな期限表示が義務化されるから食品ロスが起きるのだ、と曲論を承知の上で熱く話していた。これを聞きながら、確かに一理があると私は思った。
 日付の表示があるとそれを当然意識してそれに縛られる感じが出てくる。賞味期限を過ぎても美味しく食べられますよと言われても、この期限を全く気にしない人はいないだろう。だから店では値引きされて売られる。せめて製造年月日が記されていれば、賞味できる期間が例えば半年なら8か月、1年なら1年半ぐらいは何とか大丈夫なのではないかと考えるのではなかろうか。実際「安全係数」というのがあって、メーカーは期限の8がけで短く設定しているようである。つまりは約2割程度の期間は過ぎても全く問題ないと言える訳である。厳しく言えば、賞味期限には、早く食べろという仮虚脅し的な意味合いが含まれている。何故、国は製造年月日も必須記載事項にしなかったのだろう。あまりにも思慮が足りない気がする。食べるか食べないかは、もう少し消費者に自主的な判断をさせて欲しい。
 これは消費期限についても言える。書かれた期限より1日くらい過ぎても食べられるだろう、と判断してもおかしくはない。厳密に考えなければならない必要性が分からないのである。かつて青森の方へ出張に行って、ついでに海産物などを売っている大きなマーケットに寄った。いくらやたらこなどを買ったが、店のおばちゃんが「消費期限が表示されているけど、これはいい加減なものだからきちんと冷蔵庫に入れて置けば、日付を過ぎても旨く食べられるからね」と話していたことを憶えている。私はスーパーで朝食用に明太子をよく買う。発泡スチロールのトレイに載せてラップされているが、家に持ち帰ると別の容器に移し替えて冷蔵保存する。その際消費期限表示が貼られたラップは捨ててしまうから、もう日付は忘れられてしまう。いつまでに明太子を食べ終えればいいか、これは嗅覚だけが頼りとなる。青森のおばちゃんの話しを思い出して、まっ、少しぐらい日にちが経っていても大丈夫だろうと自分に都合よく考えて食べ尽くしている。
 すべての賞味・消費期限に科学的で正確な根拠があるとは思えない。それは食する者の判断にかなり任せていいのではないか。ある者は臭いを嗅いでみる。ある者は黴が生えたかどうか眺める(黴が生えている時は、目に見えなくとも既に黴は発生しているらしいが…)。
 万一何かあった場合は責任を取りたくないというメーカー側の都合のいい考え方も、この日付表示の裏に潜んでいそうである。期限を過ぎたものを食べて余計な問題を起こされたくないという、風評などを恐れた事勿れの心理である。
 かつてNHKテレビの「(ためして)ガッテン!」を観ていたら、缶詰は賞味期限切れの方が味が滲みていて美味しいということだった。実際に缶詰工場の従業員は好んで賞味期限切れを食べているらしい。
 いずれにせよ、こういう硬直した表示形式が消費者心理に強迫観念的な作用を引き起こすのではないか。話しを繰り返すが、せめて製造年月日も併せて表示することを義務化させ、食べていいのか悪いのかを消費者の判断・裁量にある程度委ねるようにすれば、食品ロスももっと減ると思う。あるニュース番組で、賞味期限の過ぎたソースやマヨネーズの調味料が廃棄されていることのトピックが報道され、アナウンサーが、勿体ないので福祉施設にでも寄付したらどうかと発言したら、これが物議を醸した。福祉施設なら食べさせてもいいのか!という怒りの声である。期限表示に日頃あまり頓着していない私はその時思った。「そんなに問題なら私にください」と。

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