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 尾崎一雄(1899~ 1983)の短編小説「虫のいろいろ」を若い頃に読んで、ずっと惹かれるものがあった。今更ながらネットを検索すると、本文があったので以下に抜粋する。

[それからまた、私は、世にも珍らしいことをやってのけたことがある。額で一匹の蠅を捕まえたのだ。
 額にとまった一匹の蠅、そいつを追おうというはっきりした気持でもなく、私は眉をぐっとつり上げた。すると、急に私の額で、騒ぎが起った。私のその動作によって額に出来たしわが、蠅の足をしっかりとはさんでしまったのだ。蠅は、何本か知らぬが、とにかく足で私の額につながれ、無駄に大げさに翅をぶんぶんいわせている。その狼狽のさまは手にとる如くだ。
「おい、誰か来てくれ」私は、眉を思いきり釣り上げ額にしわをよせたとぼけた顔のまま大声を出した。中学一年生の長男が、何事かという顔でやって来た。
「おでこに蠅が居るだろう、とっておくれ」
「だって、とれませんよ、蠅叩きで叩いちゃいけないんでしょう?」
「手で、直ぐとれるよ、逃げられないんだから」
 半信半疑の長男の指先が、難なく蠅をつかまえた。
「どうだ、エライだろう、おでこで蠅をつかまえるなんて、誰にだって出来やしない、空前絶後の事件かも知れないぞ」
「へえ、驚いたな」と長男は、自分の額にしわを寄せ、片手でそこを撫でている。
「君なんかに出来るものか」私はニヤニヤしながら、片手に蠅を大事そうにつまみ、片手で額を撫でている長男を見た。彼は十三、大柄で健康そのものだ。ロクにしわなんかよりはしない。私の額のしわは、もう深い。そして、額ばかりではない。
「なになに?どうしたの?」
 みんな次の部屋からやって来た。そして、長男の報告で、いっせいにゲラゲラ笑い出した。
「わ、面白いな」と、七つの二女まで生意気に笑っている。みんなが気を揃えたように、それぞれの額を撫でるのを見ていた私が、
「もういい、あっちへ行け」といった。少し不機嫌になって来たのだ。]

 文中にある「空前絶後の事件」の誇張的な言い回しもおもしろい。「空前絶後」の形容表現だけでなく「事件」扱いにしたところもどこか滑稽である。最後の一行の台詞を読み返すと、不機嫌さから些かの悲哀を感じさせるものがある。
 自分もこういった日常の体験をもとに文章を書き連ねて暮らしたい。私はそういった浮世ばなれした願望を若い時分から抱いていた。ブログを始めて5年目になるが、どうでもいいような些事をいくつも取り上げた。人には見向きもされないような話題がかなりあっただろう。それでも何か思い浮かぶことがあると書きたくなってくる。それが私という人間なのである。その原点にこの「虫のいろいろ」の蠅があったような気がする。

 

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