目的論と機械論さらに進化論
哲学には、目的論と機械論という二つの考え方がある。以下、Wikipediaから要約して引用する。
[目的論(英語: teleology)とは、我々人間の営みやこの世界が、何らかの目的によって規定・支配され、それを達成するために存在・現象しているとする思想的・哲学的立場のこと。人間の主体性を強調する...【続きを読む】
「好き嫌い」ってナニ?
20歳前後の頃に思い悩んだことを今でもはっきり憶えている。
高校生の時に「ポセイドン・アドベンチャー」(主演はジーン・ハックマン)というアメリカ映画を劇場で観た。豪華客船「ポセイドン号」が大津波で転覆し、ほとんどの乗客・乗組員が亡くなる中、果敢に行動した8名が生き残って救助されるという物語である...【続きを読む】
人間ドックとの付き合い
どこの事業所にも職場の健康診断が年1回ある。これは労働安全衛生法に基づいてどの事業所にも課され、必ず実施することになっているものだが、私は40歳から外部の人間ドックに切り替えていた。こういうやり方も法令上は問題ない。こうするようになったきっかけは以下の理由による。
60歳の定年まで、5年単位の節...【続きを読む】
「自分をほめたい、ほめてあげたい」
1996年に開かれたアトランタオリンピックの女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子選手が、ゴール後のインタビューで言った「自分で自分をほめたい」は名ゼリフとして今も人々の記憶に残されている。なかなか上手い言葉である。その4年前のバルセロナ五輪では銀メダル。今回はゴール直前での後続の追い上げを見事...【続きを読む】
「感性」って何?
以前、「IdeaとReasonを少し哲学的に考える 」(2022年4月18日)というのを書いた。「理性」などという言葉は所詮欧米言語の翻訳語、それにそっくり相当する単語が日本語には見当たらない。したがってその小難しい概念は普遍的なものではないことを一応論じたつもりである。さて今回は「感性」について...【続きを読む】
ウェットアイと白内障
50歳を過ぎてから、感情の起伏とは全く関係ない場面で涙がよく出るようになった。人前で理由もなく涙を零すのは、奇異に思われる。涙が瞳を濡らすと、瞼を閉ざすパチクリを何度も繰り返す。そうするとその微細な飛沫がメガネのレンズに飛び散る。当然視界が悪くなる。それでメガネを拭く。しばらくするとまた涙が分泌さ...【続きを読む】
トマト4個の三角錐からいろいろ思い出したこと
先日いつも行くスーパーで買い物をした。まずトマトが1個98円と安く売られていたので、4個を半透明のポリ袋へ詰め、カートに載せたカゴへ入れた。それから他にもいろいろ買うものがあったので店内を動き回り、一通り買いたいものはカゴへ入れてレジへ向かった。
レジでは店員さんが品物を1個ずつ手にとってバーコ...【続きを読む】
♪サボテンの花
月2回ほど通っているコーラスサークルで、以前「サボテンの花」(1975年・作詞作曲:財津和夫)を練習したことがあった。
歌詞を読みながら繰り返し歌ってみると、男の身勝手さが随所に表れていることに気づく。典型的な昭和歌謡なのだと改めて思い知った。
ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて
君は部...【続きを読む】
令和生まれが高齢者になる頃
昨年の秋、やっと初孫が生まれた友人がいる。70歳近くになって授かったので可愛くて仕方がないと言う。あまりの可愛さにいろいろと孫の将来のことをつい考えてしまうそうだ。
孫が自分と同じ70歳になる2090年代、どんな年号になっているか想像すらつかないが、世の中はどう変わっているか不安にも感じたらしい...【続きを読む】
骨(ほね)と骨(こつ)
前回の続きのようになるが、この短歌番組ではある歌人の作品が紹介されていた。その中に「(火葬場で)骨拾う」というフレーズが出てきた。指導講師は「ほねひろう」と読んだ。
これにまたまた私は違和感を持った。火葬場で焼かれた人間の「骨(ほね)」は一般的には「お骨(こつ)」になるのではないか。もちろん「骨...【続きを読む】
嗅覚と臭覚について
先日、NHKの短歌番組を観ていたら、指導講師が「臭覚」という言葉を使っていた。これは「嗅覚」の間違いではないかと私は気がついた。放送が終わっても気になっていたので辞書を引いてみると、「臭覚」なる言葉は何と日本語としてきちんと存在していて、「臭覚は嗅覚と同じ。嗅覚の改称」と説明されていた。67歳にな...【続きを読む】
国立大学教授
6月22日(土)に観たNHKのEテレ特集「私と先生とピアノ」(再放送、初回放送日は2023年11月4日)で思ったことがあるので記したい。
番組ホームページには以下のように紹介されている。
[ももちゃんは17歳の沖縄の少女、青春は「ピアノ」そして「戦争」だった-学徒動員によって沖縄戦の戦場に駆り出...【続きを読む】
多読多作で多捨なのか?
川柳でも俳句でも多読多作が上達の近道、いや王道。これはよく言われることである。これに異論をはさむ者はあまりいないだろう。もちろん私もそのように考えていて、川柳指導の場では、折にふれこの言葉の大切さを説いている。
俳句では、この言葉に続いて多捨を加える人が結構いる。多読多作多捨。上達するための作法...【続きを読む】
腕時計の時間について
私が何につけ辛抱の足りない人間であることは、以前ここで既にカミングアウトしている。おそらくそれは発達障害的な側面もあるのだろう。
大学に入学してから、90分の授業に慣れるのが実に大変だった。高校生の時代とは違って、2倍近い時間をずっと座っていなければならない。時計の分針が一回りして、さらに180...【続きを読む】
上がってお茶でも飲んでいったら
地方の生まれ育ちなので、誰か来客があると、とりあえず家の中へ上がってもらい、お茶を出すという習いが大体どの家でもあった。わざわざ応接間には招じ入れない。茶の間が普通である。縁側になることもあった。農家なら土間があるので、そこの上がり框(かまち)に座ってもらう場合が多い。お茶とお茶菓子を出す。適当な...【続きを読む】
炊飯器が壊れた
先日、我が家の電気炊飯器が故障した。朝起きて気がついたら、タイマー設定していたのにご飯が全く炊けていなかったのである。取扱い説明書を引っ張り出してきてエラー表示を調べると「販売店に持って行ってください」との説明。うーん、やっぱりダメかとの思いが脳裡を過る。
とりあえずお米は鍋で炊いて何とか朝食を...【続きを読む】
道のりは長い
2月に「令和川柳選書 ほぼほぼとほぼ」(新葉館出版)が刊行されて、現段階で残された仕事は、柳歴30年を超える私の川柳人生をとりあえず総括するような句集の上梓である。
その心の準備はずっと以前からしていた。そしていよいよ取りかからなければならない。確実に迫ってきた感じである。実は、何も動いていなか...【続きを読む】
高価買取ということ
テレビのコマーシャルや新聞の折り込み広告などで、高価買取を謳った商売がやたら増えてきている。着物や皮革製品、時計・貴金属など、使わずに眠ってい家財(お宝?)をいかにも高そうに買い取ってくれる旨い話しでもある。あまり私には縁のないことだが、自宅の固定電話にまで、営業担当が「何かありませんか」と声をか...【続きを読む】
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