今から30年以上前の話しである。東京都の庁舎が西新宿に完成して間もなく、出張で都庁へ行くことになった。当時の私は30代前半、上司のカバン持ちみたいな役目だったのだが、既にいくつも聳えていた新宿駅西口の超高層ビル群を感慨深く眺めながら、その一つである都庁舎に入り、エレベーターで用務先のフロアに向かったものだった。
建物の中は開放的でそれぞれの部署は壁ではなく、人間の背丈ほどの間仕切りで区切られていた。今では当たり前かもしれないが、その時の私には、なるほどこれはスマートなオフィス空間だなと感心するものだった。
応接テーブルの椅子に座り、用務の件で都庁職員の担当とやりとりをする。こちらから持参した資料だけでなく、相手担当者が近くの書棚から書類やファイルを取り出し、それを持って来てこちらに説明することもあった。
その時、部屋全体がウォール収納になっていることに改めて気がついた。出張でいろいろな役所に行くが、当時のウォール収納は珍しかった。いわゆる事務室というものの大方はガラスの引き戸を嵌めたキャビネットタイプが主流だったのである。
その後、オフィスだけでなく一般家庭でもキッチンやリビングなどで収納ウォールが普及し、今や当たり前のようになっている。収納面が無地の扉で目隠しされていてスッキリし、落ち着いた雰囲気を醸し出す。流行る訳である。当然普及していろいろなところに定着し目にふれることとなる。
でも、はっきり言えば、私はあまりウォール収納が好きではない。多動症的で注意力散漫の傾向があり、何気なく目についたものにすぐ関心が行ってしまう癖が私にはある。視線の先が無地の壁や開き扉、引き戸だと眺めていてもおもしろくはない。せめてガラス戸にして中身が覗いていた方が飽きない。視線が落ち着かないのではないか、という見方もあるだろう。しかし人と応対しながらずっと目線を動かしている視覚の働きにおける息抜きみたいなものが、じっとしていると必要になるのではないか。どこに目をやっても何もないと、刑務所や拘置所みたいな部屋を連想してしまう。無味乾燥に出来ている平面はすぐ飽きる。壁でも天井でも何かのデザイン(木目でもいい)ぐらいは欲しい。もともとスッキリした空間は苦手なのかもしれない。私はそんな性格の人間なのである。コンビニやスーパーの賑やかな陳列棚にずっと囲まれていも、時間が経てば私は馴れてくるような気がしている。
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