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 好き勝手な鑑賞と言ったが、名句や佳句と言われるもの、大会で三才や特選となった作品でも、すぐには理解できないものもたくさんある。それが心に引っ掛かっていて、ある日ある時何かのきっかけで急に思い出し、この句はこういうことを詠んだものなのだと自分なりにはたと気がついた時、まさに世紀の大発見のような喜びに浸れることとなる。川柳鑑賞の醍醐味である。そういう経験を重ねていくと、いろいろな角度から作品へ入り込んでいってたくさんの味わいが抽出できることも知る訳で、好きに鑑賞する自分なりのスタイルにも磨きがかかってくる。作品の世界に入って縦横無尽に想像を働かせてみようと益々力が入ってくる訳である。好き勝手に読み込んでいくことが自分なりの川柳の味わい方に発展性をもたらしてくれる。従来の川柳鑑賞本は、鑑賞文が短いものが多かった。言葉足らずで終わってしまったり、鑑賞しながらもその先は読者に委ねたような尻切れとんぼになっていたりして、読み進めていて不満に思うことが何度かあった。私はそこを打破すべく、思いっきり饒舌に筆を運ぼうと試みた。異論・反論はあろうが、鑑賞する者の優位性を活かし、書いた方が勝ちなのだと思い込んで、書き手の特権を思う存分行使した。奥深く、幅広く鑑賞すれば、句のドラマ性は大きくなっていく。わずか十七音からの壮大なドラマが展開できたら、これに茶々を入れたり、屁理屈で攻撃することは野暮な態度である。〈続く〉

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