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 古くから付き合っている同世代の友人が職場にいた。友人には複雑な家庭環境だった過去があった。そういうことも理由なのかどうか分からないが、所帯を持っても自分の家族や家庭をとにかく大事にしていた。それは私の目から見ても、大したものだと褒めたいくらいだった。仕事も大切だが、それは家族と家庭があるから頑張れるのだという信念みたいものが感じられたのである。
 娘と息子の二人のお子さんがいて、いずれも学業優秀で立派に育った。実に羨ましい。そして現在は二人とも結婚して孫も生まれたようである。
 定年退職後しばらくして久し振りに飲む機会があり、これまでの人生などをお互い語り合っていると、今更白状するようにいろいろと話し始めた。友人曰く、自分は今まで二人の子供を育てながら怒ったこと、叱ったことが滅多にないという。それは何故か。ビールをちびりちびり飲みながらその訳に耳を傾けた。
 自分の育った家庭環境が複雑だったことが子供たちにも影響するのではないかということをいつも気にしていた。そのことで学校でいじめに遭うのではないか、周囲から特別な眼で見られるのではないかと不安になることもあったという。でも親としてそれを相談できるような相手がいない。そもそも相談してもそれで何か事態がよくなる訳でもない。解決策などないのである。当人はそのことをずっと負い目のように感じていたのだが、周囲の同僚などには全くその素振りすら見せなかった。
 夫婦で普通の子育てをしていた。上の娘さんが小学校を卒業するまでは、父親として何かで怒ったり叱ったりすることも偶にあったという。そして中学生になり思春期を迎える。ある時、家族で朝食をとっている時に何気なく我が娘の横顔を覗いたら、いくつかのニキビが出来ていた。その時にふと思ったという。実は娘も娘なりにいろいろと苦労しているのではないか。親に言えない悩みがあるのではないか。父親の生い立ちの所為で学校でもしいじめられていたとしたら、自分の中でそれをきっと抱え込んでいるかもしれない。そんな勝手な思い込みが生まれたという。今後、子供二人に対して何かがあった時に怒ったり叱ったりすることはすまいと決意した。とにかく子供たちの話しにはなるべく耳を傾け、親としての感情が昂るようなことがあっても、必ず一呼吸おいて対処するように努めたという。
 私は、ふーんそんなものかと聞いていたが、その後さらにどうなったかということが気になった。
 怒らない、叱らないということを日々心がけると、それが癖や習慣みたくなってくるらしい。子供の方も何か悪いいたずらをやったとしても、父親に注意されないとなると、それをしでかした張り合いがない。そんな親子関係が続くと、子供も噓をつかず素直になってきて、反抗的な態度にならなくなる。もしそうなったとしても、少し辛抱して耳を傾け、一体何が不満なのか聞いてやればいくらかでも分かり合える。父親が家族と家庭を第一に考えていることも、子供たちに自然と伝わっていったようだった。
 以上の話しを聞きながら、何か影のある人間であるとは薄々感じていたが、そこまで深く考えて子育てしてきたのかと内心驚いた。ああ言えばこう言うという一般的な親子関係ではなく、それなりに親が努力するとこういう望ましい形が出来上がるのだと羨ましく思った。
 怒るって何だろう、叱るって何だろう。躾けや教育だといくら言い張っても自分の思うとおりに育ってほしいというエゴの側面がある。悪く言えば、我が子のためと言いながらそうすることで自分の方の満足を得ようとする。これが子供に見抜かれると対立が生じて、それが昂じれば親子関係の負のスパイラルに陥る。これは最悪の状況である。
 我が子に対する怒りと叱りが条件反射のようになってしまっている場合、これを抑えようとすることは、大袈裟に言えば親として己の非を認めて価値観・人生観を全面的に転換させることにつながるだろう。これは大変な精神的作業でそれなりの覚悟が必要となる。覚悟による負荷を昇華させて自分の精神バランスを維持しようとすれば、何かに打ち込んで自己の向上を図ろうとするようなことも必要になってくるかもしれない。うーん、なかなか難しいことである。
 元バレーボール日本代表の益子直美さんが主催するスポーツ大会「監督が怒ってはいけない大会」のことを思い出した。メディアで既に紹介されているが、子どもたちは厳しい指導によって強く成長していくという思い込みや考え方が、スポーツの現場にはいまだに強く残っているという。しかし高圧的な指導が将来を秘めたアスリートの卵たちを潰してきたことも今までの事実である。監督からの暴言や体罰、ハラスメントを苦に自ら命を絶つような悲しい出来事も起きていた。そんな現場を変えようと益子さんはこの大会を全国で開催して奮闘している。
 確かにそのとおりである。こどもをスポイル(ダメ)するのは、やたら甘やかすこともそうだが、厳しく怒ったり叱ったりすることも同じくらいそうさせるのである。子供は教え諭してやれば、大体は分かってもらえる素直な存在なのである。

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