私と同世代の文芸仲間のことについて話しをしたい。その方は40歳近くになる息子さんがおられる。息子さんは既に子供のいる所帯を持っているが、どうもサラリーマンを辞めて転職するらしい。奥さんといろいろ話し合ってそれを決めたようだが、その報告を文芸を趣味にしている父親に電話してきた。
既に仕事をリタイアして年金暮らしの日々を送っている父親としては、その話しを聞きながらいろいろ言いたいことがあったようだが、自分で決めていく自分の人生だからあまりうるさく口を出すまいと抑えて聞いていたという。だが息子に対して最後にこういったそうだ。
「若い時分はいろいろな夢や希望を抱いて、自分の可能性を信じ続けながら挑戦していくが、ある時期、人生もそろそろ折返し地点を過ぎて守りに入ったかなぁと感じ始めたら、後半の人生は夢も希望も関係なくもう開き直りしかないのだ。少しずつ開き直って、ずっと抱いていた夢も希望も幻想だったと諦めることも大切なことだ。未練がましい考え方は振り払って、そこに残ったものだけを頼りに生きていくしかないのだ」
酒の席でその話しを聞いていたのだが、なるほどうまいことを言うなぁと感心した。実は私もそれに似たような思いをある年齢(50歳の頃だったか)から持ち始めていたからである。
チャレンジ精神を持ってあれをやりたい、これもやりたいという意欲を抱き続けて、ずっと若い気でいても、ある年齢になってくると人生の潮目が変わってくる。振り返ってみると、実際にはそれらのことが一つも実現せず進歩していないことに改めて気がつく。しかしもう言い訳はきかない。愚痴もこぼせない。
言い訳や愚痴ばかりの人生を続けていても何ら進展しない。そんな虚しさにふと気がつく。そうすると、今からでも間に合う自分の身の丈に合ったこと、自分が出来るものに思いが及ぶ。いろいろ考えながら、若い頃には想像できなかったことに遭遇して興味が湧くかもしれない。
それに気がつくと、変な色気も見せず地道に努力する楽しさを覚えてくる。人生を折り返し、後半の人生と向き合うというのはそういうことなのではないか。そうなると少しずつ開き直っていくしかない。しかし自信がつけば着実に開き直れる。自分のための汗を無理せずかくことができる。私と川柳との出合いについてもそのようなことが言えただろうか。
件の息子さんの話しに戻ると、転職したことでその後の人生の展開がどのようになろうと、それが成功だったのか失敗だったのかの観点で振り返るのではなく、それが結果的に自分にとって必然的な道だったと、後で振り返って素直に総括できるような努力が積み重ねられればそれでいいのではないかと、話しを聞き終えてふと思った。
Loading...


















































