電車やバスの中でケータイを使うと、マナー違反と言われる。
どうしてだろう?
迷惑に感じる人がいるから、らしい。
ケータイの通話が、どうして迷惑と感じるのだろう?
僕なりに考察してみた。
車内は、会話であふれている。
電話をしていなくても、会話だらけだ。
自慢話、悪口、噂話・・聞きたくなくても耳に入る。
ケータイがダメなら、車内の会話もダメなんじゃないの?
ウォークマンのシャカシャカ音が、問題とされた時代がある。
僕は、あれも何が問題なのか解らなかったのだけれど、
「耳障り」というのが問題の根幹のようだ。
でも、それが嫌なら、オバサン、オジサンのうわさ話は、もっと嫌だと思うのだが・・
実は、先日、ウォークマンのシャカシャカと、ケータイの会話の共通点に気づいたのである!
とある、工事現場。
沢山のサッシ(窓枠)が搬入されている現場。
大声で、作業員がケータイで通話していた。
「アワナイッテ」
「ダカラ、アッテナインダッテ」
「ホントニ、アッテナインダッテ」
それを聞いて僕は、搬入されたサッシの規格が違ったのだろうか?
この場面は、結構ヤバいんじゃないか?
ヘタすると、工期に関わるなあ。
なんて、想像していたのだが、作業員の次の一言で、一種のアハ体験をしたのである。
「アッテナインダヨ、オレハ」
である。
つまり
「アッテナイ」は「合ってない」ではなく「会ってない」だったのだ。
僕は、目に見える状況と、片方だけの言葉を聞いて、勝手に想像していただけなんだ。
そもそも、サッシの前にいる人物が、必ずサッシ職人さんだとは限らないではないか。
目と耳と、自分の経験とを混ぜ込んで、勝手な想像をしていただけなんだ。
その想像は「俺は」という、たった三音で、脆くも崩れてしまう程度のモノ。
ウォークマンの音、ケータイの会話は、サッシの前に居るという状況すらない。
その中で「どんな曲?」「どんな会話?」と想像をしなければならない、否、想像することを強いられてしまうから、とても耳障りで、迷惑に感じるのではないだろうか?
要するに、無意識に、他者への過干渉をしてしまうのだが、
自らの想像の範疇に収まらない、もしくは想像するに足る情報の無い、事柄が多すぎて、
高いストレスを感じてしまう人が多い、
そこで、公共交通機関内ではケータイの通話を控えるよう、アナウンスが行われるようになったのでは?
そんな風に、僕は考察した。
ポケットベルの時代。
「車内では、ポケットベルの電源を切るなど、他の方の迷惑にならないよう・・」
なんて放送はあり得なかった。
そにな事したら、仕事に差し障ってしまう。
ケータイもそうでしょ?
いったい、何時まで「切ってくれ」って、電車やバスで言われるのだろう・・
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