東京オリンピックまであと4年。
東京の至る所で、2020年へ向けての再開発、整備事業が進んでいる。
偶然に、別々の日、同じ曜日の同じ時間帯に青山一丁目から表参道へ向かっての246と、大谷田から梅島へ向かっての環七を歩くことがある。
246は、外国産車の比率が高いのだが、メルセデスやBMW、フォルクスワーゲン、アウディなどは、
いわゆるその・・「外車」(gaisha==外国製の乗用車。日本車にはない排気量と馬力を備え、車格も大きく、価格も数千万円にのぼる。70年代のスーパーカーブーム時の楔形や流線型のデザインが代名詞的に知られている)として認知できないくらい、希少な車種に出くわす。
外苑前近辺には、 Ferrari、Lamborghini、Tesla Motors、BENTLEYの代理店やショールームがあるので、場所柄といえばそうなのかもしれないが、246をずっと西の方へ用賀の方まで行っても、似たような風景に出くわすものだ。
港区→渋谷区→目黒区→世田谷区という西へのラインは、半世紀前の東京オリンピックを契機に開発が進み、所得水準の高い地域として定着しているなと感じる。
次に、大谷田から梅島へ向かっての環七を歩くと、メルセデスやBMW、フォルクスワーゲン、アウディが「外車」として風景の中に認知できるようになってくる。
数千万円するスーパーカーのようなものはまず走っていないし、
野太い咆哮が聞こえてくるので視線を移すと、旧車を改造した、辛うじてJASMA基準を満たしている、子猫が入れるほどの太さのマフラーと、
車高調とスペーサーでハの字を回避し、叩き出したフェンダーとの面一(ツライチ)に命を懸けたような、
2JZもしくは1JZのトヨタ車か、CA18、SR20DEの日産車、まれにRB26辺りが、身を捩るように、ほぼ法定速度で目の前を横切ってゆく。
先のラインと違い、台東区→荒川区→葛飾区→足立区という東地区のラインは、東京オリンピック時には西地区の開発に携わる物や人を送り出す役を担っており、地域開発という点においては取り残されたという印象がある。
さて、2020年のオリンピック、渋谷、新宿、東京駅周辺の現在の開発ぶりと、上野、北千住周辺を並べて見ると、また半世紀前のように西側の開発が進んでゆくように思える。
東京スカイツリーを契機に浅草の風景は少しずつ変わりつつあるが、公共交通機関を含めての大規模な開発と整備が行われているとは言えない。
こういうことを「格差の拡大」「格差の固定化」という言葉で捉えるのか「地域分業の先鋭化」「文化発生地の多様化」と捉えるのかは自由だが、僕は後半の方の認識を取りたい。
平準化は多様性を失わせるきらいがある。
「格差社会」と呼ばれ、「貧乏」と「貧困」の違い、世代への伝播の固定化など、ネガティブな論調が多いことは認識している。
それでも、どんな個々にも、リスペクトすべき点が存在することを信じ、多様性の拡大を願いたい。
お久しぶりです。相変わらずのご健筆、嬉しく存じます。
さて、先日いわゆる谷根千を一人で歩いておりました。外国人が多いんですね。正確に言えば、欧米人が多く「歴史・文学散歩」をしているのです。たまたま若くて美しいドイツ人女性と一緒になりました。彼女、「スカイ・ザ・バスハウス」(元銭湯の美術館)と、東京芸術大学に行きたがっていたのを、案内する羽目になりました。小生の英語力では、全く会話が成り立ちませんでした(笑)。東京の西地区と東地区では、外国人とそのニーズにも違いがあるのでしょうか?
こちらこそご無沙汰いたしております。
東京は僕にとって生活と仕事の場という比重が大きいですから、観光されている外国の方に出会うと「意外」と感じる場所が結構あります。
長く滞在される方のニーズと短期間で方々回られる方のニーズでは違うところがあるでしょうが、外国の方の素朴で率直な好奇心の対象を、僕らが日々見過ごしている事に気づかされる場面があります。
そういった視線を見習って街を歩くと、マンホール一つ、ボラード一つ、街路灯の意匠一つとっても新鮮な発見があります。
外人に外国人の略語だけでない意味があるように、外車にも外国車の略語だけでない意味があるのですね。団扇は外車に憧れたり興味を持ったことがありません。運転したいとか、乗せて欲しいという欲求があったにせよ、ほぼ100パーセント叶わない時には「欲求」にもならないのですね。ミスタービーンやコロンボの乗っている車種はなんというのですか?そうそう、団扇は自分の運転していた車種も正確に言えないほどでした。ところで、国道246を「ニイヨンロク」でなく「ニイシイロク」と言って大笑いされた友人がいました。洒落ならば、上等だなと感心したことを覚えています。