慎ましく気高く生きて嫌われる
慎ましくは性格そのものであるが、気高くは臆病なだけかもしれない。確固たる信念に従って生きて来たとも言えないが、結果的にそんな生き方に落ち着いたのだろうと自省している。だが、ここにきて周囲の雰囲気は頗る好くない。簡単に言えば「嫌われて」いるのである。
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無関心は若者流儀聞き流す
私事ですっかり失念しておりました。 他人事に興味津々なのは、おばさんの特権で他人事に興味がないのではなく、他人事に耳を傾けたり、口を挟んだりすること自体が無礼なのだという認識を心得ているのが現代の若者なのである。だが、若者も齢を重ねるとやがてオバサンになるのだ。
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ピンポーン野菜を置いていく隣り
マンション生活者にはピンとこない状況ではあるが、農作業家の田舎暮らしでは日常茶飯の出来事である。頂いた野菜を見ながら「今年は猛暑の影響で少し小振りだね」と生意気にも品評しながら、新鮮な野菜を戴くのである。やがて、お返しの野菜が隣家の縁側におかれる日も近い。
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見せかけは気丈なんだが短気もの
短命と短気は似て非なると「意義あり」と聞こえてきそうだが。今夜の献立さえ、国中で共有できる時代背景の中で、外観は第一印象として絶対の必要条件となっている。でも、でも、端正で気丈な現代要求を備えているというこの人も、気短なのが・・・。だから希少価値がある。と、これは独り言です。
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楽しみを老後に廻し今を生き
若い人の句ならちっとも面白くないが、間もなく90歳の作者なら、ちょっとユーモアがあると思う。楽しみを後回しにして、今日の汗を流そうという。外野席から楽しみなんてあるのですか?と横やりが入る。この世の楽しみは嘗め尽くしてきたのかも。
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外観はまっすぐ伸びてねじれもの
こちらは植物のはなし。例えば、ねじれて生きる定めの中で、この世に生を受けて生まれつきの素直さで真っすぐ伸びたとしたら、世間の期待に背いた「ねじれもの」の烙印が用意されて待っている。だよね、ねじり花さん。コスモスさんは真逆だよね。そよ風にはなびくけど。
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歳訊かれ百を五で割りかける四
こんなふざけた会話をひとり喜んでいたのも遥か昔話になった。というのも、老人相手に齢を聞くほど暇な御仁はいやはらないからである。それ程世知辛い世に変遷したのだろうか。いやいや、此方が存えすぎただけである。今は「百を五で割り掛ける4.5」字余りでした。
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ちぎれてもいつか笑ってつなげます
ブログに参加させてもらって随分になる。これは是非伝えたいと思っている言葉や思いは、なかなか伝わらない。逆に平凡だなと思っている言葉の方が反響が大きい事もある。輪を大切にする若者が、事あるごとに「言葉をつなげたい」と言うのもうなずける。
今朝の朝日にも「丸裸の言葉だけではつながらない」とあります。言葉...【続きを読む】
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