うっかりと私ひとりが西を向く
よくある話ではある。うっかりを認めているが、西はこっちだと確信したうえで向いたとしたら、悲劇を通り越してピンチである。長い人生にはいくらでも転がっている不幸の種なのである。うっかりであって欲しいのは本音。
...【続きを読む】
何処で切っても人生は途中なのだ
「何処を切っても」の「を」と「で」の違いが、句を左右する。「を」の場合は終わってしまった人生について語っているが、「で」はいまも続いている人生を語っている。勿論、後者でないと作者の意に添わないと勝手な解釈と一緒にぼやかせて貰った。
...【続きを読む】
みんなより少し老けてるだけなのに
木割大雄氏(俳句作家)に取り上げて貰った現代川柳である。「この一句に出会ってうれしくなっています。そうですよねぇと一人でにやにやしています。嬉しいではないか同感である。」というコメントを頂いたことで。自分的には一気に輝きを増したような錯覚を覚える句になった。
...【続きを読む】
サーブ権真っ赤なバラで取り戻す
相手との主導権争いに真っ赤なバラを送って、サーブ権を取り返したという。サーブ権の句は、ときどき見かけるが、二人の間の微妙なサーブ件争いは、複雑怪奇で、第三者には理解が難しい。次の新手に何を繰り出そうかと、レシーブしながら考えている。
...【続きを読む】
小走りの未だ麓を彷徨えり
齢86歳を迎えている。いまだに見上げる視線に変わりはない。此処まで来れば、もう世の中からは邪魔物扱いである。振り返れば、あっという間の80数年だったような気がする。役には立たなかったが、大きな迷惑もかけなかったというささやかな自負。これでよいのかも?
...【続きを読む】
大振りを見せて出方を読んでいる
「一読明解」今回は、何の補足説明も要らない、読んで、そのまんまである。お互いに相手のことを、もうひとつよくわからない場合によく使う手段ではある。次に見せる態度が、今後の二人の関係の決め手となる。言葉は相応しくないが、腹の探り合いかも、人生にもこんな場面はしょっちゅうあったような気がする。
...【続きを読む】
あの日何処にいたかと訊かれない平和
兄姉三人の原爆症患者と暮らしていた頃には、ピカドンの話題から逃げようとしても逃がして貰えなかった。世代が変わり、戦争をスポーツ化して考える若者も少なくないのか、戦争のルール?違反には反応を示す。戦争はきれいごとでは終わらない、ノーサイドなんてあり得ないのだ。地獄を見た者だけが忘れない平和の尊さ。77...【続きを読む】
涙すれすれきれい事では生きられぬ
他人様の前では「涙すれすれ」とはいうものの、もうこれまでに、充分涙を流していながら、「すれすれ」といいかっこして、取り繕っている。「きれいごとでは生きられぬ」と、本音を吐露しながらもしたたかに生きている芯の強さがにじみでており頼もしいし、いつも元気を貰っている。
...【続きを読む】
Loading...





































