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 「人生相談」の類いは、テレビやラジオ、新聞や雑誌などでよく見かける。生きていく上で抱え込んでしまう、人それぞれの悩み事の解決策を求めようとするなら、今のご時世では、あえてその道のプロに頼らずSNSでほとんど事足りるのかもしれない。これなら、メディアと違って、投稿しても採用されず回答が得られないようなことにはならない。確実に誰かが応じてくれる。勿論、安直に相談できる分、無責任な意見や答えが多いことは覚悟しなければいけないが。
 私は新聞などに設けられているお悩み相談コーナーは、目にすればよく読み、放送番組があればなるべく視聴する方である。読売新聞の「人生案内」は長く連載されているが、若い時分から紙面を捲れば必ず読んでいた。振り返ってみると、中高年の悩みを二十代から学んでいたことになる。少しませていたかもしれない。その頃は、回答の方はあまり熱心に読まず、相談内容にだけ興味津々であった。いろいろな人生があるものだと勉強したり、時には驚いたりしたこともあった。
 現在の「人生案内」の回答者は教育関係者、メンタルの専門家(医師、カウンセラー)、法律家(弁護士)、作家、タレントなど多士済々、バラエティーに富んでいる。相談内容に合わせて回答の担当が振り分けられているようである。
 長年の愛読者としての感想は、まず法律家による回答を明快に感じることが多い。法令でバッサリ斬るようなところがあると小気味よさを感じる。次はメンタルの専門家の意見に、なるほどなぁと納得させられる。悩みの内容そのものだけでなく、それを抱えている相談者の心の中に入り込み、さらにその襞(ひだ)にまで言及して解決策のヒントを提示するテクニックを使う。これもさすがだなあと感心する。
 数年前から哲学を専門とする某大学の教授が担当するようになった。私も学生時代に一応哲学を齧った者の一人である。何度もこの方が受け持った相談と回答のやりとりを読んだが、悩み事を哲学的に解決する手法にどうも首を傾げることが多い。
 哲学という言葉を聞くだけで、世間ではそもそも小難しい印象を持たれそうであるが、どういう訳か、一般的には人生の生き方を究める学問という認識が広まっている。しかし、実際に西洋哲学史や西洋思想史の分かりやすい入門書を開いて読み進めていけば、そんなことはほとんど書かれていないことに気がつくはずだ。哲学とは英語で「フィロソフィー(philosophy)」と言うが、これを和訳すれば「知(ソフィー)」を「愛する(フィル)」ということになる。直訳すれば「愛知学」である。ちなみに交響楽団の英語「フィルハーモニー」は、ハーモニーをフィルする団体というである。
 だから哲学は知を究めて愛するために、事物が存在するとはどういうことか、自然という対象を厳密に認識するにはどのようしたらいいか、道徳や倫理の根本とはそもそも何なのかなど、そんなことに思いを巡らしながら変遷していった学問なのである。
 温暖な地中海に面したギリシャで生まれた古代の哲学は、ある意味では能天気な面を持っていた。浮き世とかけ離れたところで思索のための思索、議論のための議論を重ねるようなことをしていた訳である。日々の生活を営むうえで役立つ実用性などというものは考慮しない。哲学の始祖と言われるタレスは、天文観察に夢中になったあまり溝に落っこちてしまい、隣りにいた女性に「(哲)学者とは遠くの星のことは分かっていも、自分の足元のことは認識していないのね」と揶揄された逸話が残されている。
 要するに哲学とは人の生き方の俗っぽいところに対して、そもそもが実践的ではないのである。直接的に役立つ教訓的な文章を読もうとするなら、哲学以外の専門家、何かの道を究めた、あるいは大きなことを見事に達成した人間が著した本を探す方がいい。自分の経験に基づいて編まれた言葉の数々は、まさに至言と感じることであろう。改めて言うまでもなく哲学は観念的なものであり、2500年以上前のタレスの時代と現在も、そこのところは何も変わっていない。基本的にはものを考えるだけ、それ以上それ以下でもない世界なのである。
 悩み事を相談するなら、それが法律的な側面を有するなら弁護士、生活支援を求めているなら社会福祉士、メンタル面のことなら精神科医や臨床心理士などに相談すれば大体は解決可能となるだろう。哲学の出番はほとんどないはずである。もし哲学的な解決策があるとすれば、どこまでが実践的か不明な、精々解決のヒントを与える程度の回答となるだろう。
 最後に長く人生相談を読んでいて、その内容が「うわぁ、可哀そう」という事例に出合うことが偶にある。これに回答者がどううまく解決方法を提示してくれるか。どうにもならなくて、逃げ腰になっているような結論が出るケースがある。世の中のことは何事もすべて解決できるものとは限らない。人間はそういったことも学ぶ必要があるのではないか。世界を眺めればテロや紛争が絶えない。人の生き方にも悩み事が消えることはない。歴史も人生も繰り返されるものであること、これも改めて認識する必要があるだろう。

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