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 私は、目の前で流される他人の涙をあまり信用しないようにしている。これは長いサラリーマン生活の経験から導き出された結論でもある。
 組織の中で働いていると、部下から仕事上の悩み事を相談されることがしばしばあった。いじめや嫌がらせなど、いわゆるハラスメントの類いがほとんどだったが、女子職員から打ち明けられるといきなり泣かれる場合が多かった。聞き役に徹しているが、泣かれると弱い。深く同情することもある。具体的な解決策を講じなければと思ってくるが、話しを聞き続けていると、あえてそこまでしなくてもよい、単に聞いてもらいたかっただけだったということもしばしば経験した。
 そんなことを繰り返していると、泣けば同情してくれる、自分の味方になってくれるというような魂胆が見えてくるのである。魂胆は言い過ぎかもしれないが、泣いてスッキリ、泣けば自分の言動が正当化され(裏を返せば泣かせるようなことをした相手に非がある)、上司も味方になってくれると勝手に考えようとしていることが判ってくる。私も次第にそういう当人の性格や戦略的な癖が客観的に把握できるようになる。冷ややかと言われようが働いて給料をもらっている以上、公平な判断を優先すべきであることに思いが及ぶ訳である。つまらぬ同情はしなくなる。
 20代前半の若い時分に職場で経験し、今でもはっきり記憶に残っている出来事がある。ある式典の記念撮影で、出入りしている写真屋がその注文をすっぽかしてしまったことがあった。式典が滞りなく無事に終わって、予め座席を用意した集合写真の撮影場所に参列者全員を誘導した。しかし一向に写真屋の担当が現れない。もちろん準備もされていない。既に来賓も最前列に着席している。もう絶体絶命かと諦めかかっている頃、たまたまカメラ好きの事務員が一人いて、一眼レフのカメラも三脚も車の中に置いてあると言ってくれた。慌てて準備して何とか撮影し、結果的に事なきを得た。
 後刻、写真屋の奥さん(中年女性)が事務室に駆け込んで来て、いきなり平謝り。滂沱の涙を流し、うっかり忘れていただけだというのに、言い訳にもならぬ言い訳を一通り話し続けた。式典の直接の担当が私の上司だったので、私は応対せず脇でその場面をただ眺めているだけだったが、何かおかしいと感じていた。それは上司が一つも注意しなくて聞き役に徹していたからである。今後はもうそちらとの取引きは無しだ、とまでは言わなくとも、何らかの処分を下してもおかしくはない。ところがそれらしきことには一言も言及しなかった。その奥さんが帰った直後、上司が「女性に泣かれちゃうと何も言えないよな」と独り言のように呟いて(もちろん周囲の部下に聞こえるように)、それですべてが終わった。私は内心呆れた。
 何かの事件が起きてタレントや著名人が行う弁明会見などでも、これと同じようなことがあるのではないか。とにかく溢れ出る涙が大袈裟で時には嘘くさく感じられる場合である。映画やドラマなどで女優が上手に涙を流す場面があるが、意図的に涙を流せるのは女性の方が器用であろう。
 以前、知り合いからこんな話を聞いたことがある。中学生の娘さんが音楽関係の部活動をやっていて、ある時コンクールの予選があった。団体出場で頑張ったが入賞にはならなかった。帰りの送迎バスの中で部員はみんな泣いていた。しかし部長でもあったその娘さんは全く涙をこぼさなかったという。家に帰って家族に「みんな悔しくてバスの中で泣いていたけど、私は泣く気がしなかった。練習が足りなかったのだから仕方ない。」と話し、その途端に号泣したという。親の方は、人前で泣くことを我慢して家まで帰り、堪え切れずに両親の前で泣いた、その芯の強さ、娘の成長ぶりに驚いたという。部長としてもみんなをリードして頑張っていたことも改めて判ったという。
 女の涙は嘘くさい。こんなことを言い出したら、男女平等のご時世なので偏った見方、差別発言と受け取られるかもしれないが、あえて話したかったのである。
 涙を流すなら、誰もいないところで人知れず泣き濡れれば、それはいつか真珠のように輝くことだってあるかもしれない。

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