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 2020年11月、当時の河野太郎行政改革担当大臣が、行政手続きのうち99%以上の認印を廃止すると発表した。これで効率的な事務の遂行が図られたが、判子の意義はそもそも何なのか改めて役人と国民は認識したことだろう。よくもまあ、こんな無駄なことをやっていたものだと呆れ返っていい話しだった訳である。
 さて、私は現役時代、大学の学生募集(入試)関係の業務を担当していた時期があった。その中で、判子の話しとは少しずれるが入学手続きについてどうしても納得できないものがあった。
 入学志願者が試験に合格してからは、まず入学金等の納付金をしっかり振り込んでもらう。大学側はこれでしっかり合格者の入学を確保する(囲い込む)。次に誓約書や身元保証書みたいなものを書かせて提出させる。要は、入学してからはしっかり勉強します、学校のルールは遵守します、在学中は定められた授業料等の学納金をきちんと納めます、てな感じのことをきちんと守ってもらう取り決めの内容である。
 これに本人(ほとんどが高校3年生)が同意して署名・押印し、保証人も2名付けて同様に署名・押印させ、学校に提出させる。一応はこの手続きが無いと入学許可は下りない。おそらくどこの大学もこんな感じの似たり寄ったりの手続きをさせているはずである。
 保証人のうち第一保証人は、大体が両親のいずれかである。学費納入のことがあるので、当たり前だがきちんと生計を立てていないといけない。母親が保証人になっているケースが結構多い。夫婦共働きや離婚している家庭が増えていることなどから、いわゆる保証人イコール父親という考え方は昭和の頃の感覚、先入観なのである。
 問題は第二保証人のことである。これが厄介というか、胡散臭いというか、あまりにも形式的なものなので、行革で判子を廃止したようにこれも止めてもらいたい代物だと私はいつも思っていた。何故かというと、そのほとんどが祖父母を保証人にしているからである。孫が大学に入学するくらいだから、ほとんどが年金暮らしの後期高齢者と推定される年齢層である。私のような世代なら、親の兄弟は戦前生まれでたくさんいた。産めよ殖やせよの世代である。おじおばが何人もいる。実際にそういう親戚に頼んで保証人になってもらった。東京の大学に入学すると、父方でも母方でもおじおばのうち一人ぐらいは東京に居住していたのである。
 年金暮らしの祖父母も一応は生計を立てている者に該当するのだろうが、保証人としてはいささか引っかかるものがある。そしてさらに言えば、4年間の在学期間中に亡くなるケースも多い。そういう事態になったら、第二保証人を新たに立てて異動届を提出する必要がある。しかし、そんな届けを出した学生などいなかった(と記憶している)。第一保証人である親が亡くなった場合は、誓約書や身元保証書の異動のことより、葬儀のために授業やテストを欠席する(いわゆる忌引き)の手続きの方が大事になってくる。
 うーん、こんな第二保証人の記入欄なんか止めちまえ、と当時の私は思いついて、上司にも事情を説明し、内部での見直し作業を進めた。他校の状況を調査して取りまとめたが、残念ながらどこも我が校と同じようにやっていた。なんじゃこりゃ、と思った。次に顧問弁護士に相談した。答えは、意味がないかもしれないが、とりあえず継続しておいた方がよい、という何だかお役所みたいな回答内容だった。
 そんな訳で、結局は何も変わらなかった。私の些細な行革(?)は、労多くて功少なしという顚末となった。おそらく今も続いていることだろう。入学予定者は、合格した喜びで、大方は何の疑問もなく書類に署名・押印しているのだろう。躊躇うことなどない。
 河野大臣の突っ込み方が判子だけでなく書類そのものまで進んでくれれば、あまり実効性のない第二保証人みたいものもどんどん廃止になっていったかもしれない。
 ここまで書いてきて、だいぶ以前、姪っ子が大学に入学して日本学生支援機構の奨学金を借りるというので保証人になったことを思い出した。卒業後しばらくして無事返済が完了したようで、わざわざ私のところへ報告の挨拶があった。もちろん私は、そんな立場になっていた記憶をすっかり忘れていた。

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