バブル経済の余韻がまだ残っていた平成初期の頃、当時の職場では月1回、無料で幕の内弁当を食べることができた。それはこんな理由からである。
幹部がランチを食べながら自分の所属する部門の業務のことについて、毎月定期的に報告し合う10数名の集まりがあった。報告といっても、与えられたノルマの進捗具合や目標への到達状況といったような重たい話題の報告ではない。まっ、簡潔に言えば単なる近況報告、情報交換の場が設けられていたということである。
私が所属していたところはそういった組織の事務局だったので、弁当の手配を毎月担当していた。そしてそのお零れに事務員が全員与ることができた訳である。10数名の出席者の弁当に、これと同じく10数名の事務員が加えられた弁当を注文する。古き良き時代、そんな口実で只飯にありつけるようなことは決して珍しいことではなかった。
幕の内弁当は近くの食堂にいつも注文していたのであるが、必ず蜆の味噌汁が付いていた。事務局の者は、その蜆汁もしっかり飲んで食べ終えていた。つまり、蜆の貝を一つひとつ箸で抓んで残さず食べ尽くす。当たり前だが、そうしないと勿体ない。蜆は肝臓にいい。特に酒を飲み過ぎた翌日には蜆を食すべし、などと言われている。
ところが幹部たちの集まりで食べた弁当の蜆汁は、いつも誰一人蜆には箸を付けない。汁だけを吸う。食べ終わった後片付けは事務局の仕事なので、それがよく分かるのである。
先日、ネットのニュースを何気なく読んでいたら、蜆汁の食べ方、マナーのことが紹介されていた。箸で抓んで一個一個中身を食べるのはマナー違反ではない。ただし、殻を別の空いた器、ご飯茶碗やおかずの皿に移すのはよくない。また食べ方で、貝を口に入れ舌先で身を探るようにして食べたり、殻を吐き出したりするのも駄目ということらしい。これらの話しは、なるほど尤もな話しだなぁと思った。確かに人前でそんな行儀の悪いことはできない。
ただし、そうは言っても自宅で蜆汁を吸う場合は、マナーも何も関係なく食い尽くすのではないか。少なくとも身を残すようなことはしないだろう。肝臓によいと言われている食べ物を粗末にすると罰(ばち)が当たる。
あの集まりで、毎回出される蜆汁の身に手を付けないことを勿体ないと感じた幹部はいなかったのだろうか。私も幹部になってその場に臨んだら、やはり食べ残すのだろうか。いや一人だけ、他人の目を意識せず身を食べ尽くしたか。私はそんなしみったれたことを平気でやりかねない人間だったから、あまり出世せず当然幹部にもなれなかったのか。そのあたりは神様がお決めになったのだろう。
実にバカバカしい記憶を開陳した次第である。
ちまちまと抓むほかない蜆汁 博史
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蛤や浅利の身は残さないのが当然ですね。団扇も子どものころから、自宅でも外食でも必ず蜆の身は、ひとつ残らず食べました。理由よりも事実が大切ですね。家庭では父も母もそうしていたのでしょう。外食でもそうしたことを恥ずかしいと思ったことはありません。ブログの幅を広げるのは楽しいことだと思います。
団扇さん、ありがとうございます。
飽食の時代、変な食事マナーがまかり通っていますよね。
「理由よりも事実が大切」、いい言葉です。