Loading...Loading...

 先日、かつての過激派の一人(指名手配されて顔写真が駅などによく貼られていた)が50年近い逃亡(潜伏)の末に亡くなっていたことが判明し、テレビのニュースなどでかなり話題となった。過激派とは、今で言えばテロリスト。爆破事件を起こした当時はテロという言葉もあまり広まっていなかった。
 平成生まれの若い世代には、過激派の引き起こした建物爆破、内ゲバやリンチ殺人などの諸々の事件のみならず、そもそも昭和時代の学生運動のことすらなかなか理解しがたいようである。なんでそんなことをやらかしたのか、少なくとも自分が生まれる前の遠い過去の時代のこと、今の世では全く有り得ないという感覚なのであろう。
 でも日本史や世界史を概観すれば、歴史に刻まれ、歴史を変えた英雄たちはそのほとんどが過激派だったようにも思えてくる。戦後の学生運動から零れ出た過激派の振る舞いを正当化するつもりは毛頭ない。でも両者の精神状態には相通じるものがある。結果的に成功したか失敗したか、勝ったか負けたかの違いと言える面もあるだろう。
 過激的ではない民主的な社会体制(政治形態)にも、勝ったか負けたかの状況が付きまとう。争いに発展する要素が常に内包されている。一応は正義に基づくとみなされる裁判制度ですらそうである。刑事裁判において勝訴・敗訴に対して徹底的には拘れば、判決という結果がどうであれ、最後まで自分の犯したま罪を素直に認めないことはよくあるケースである。物事に向き合うことは、人それぞれの違った意見が必ず生まれて時には対立し、そこから急進的な思考に走る可能性を孕んでいる。
 冒頭の過激派の話しに戻れば、これは過去の一時的な出来事ではない。歴史に通じるものである。21世紀はテロの世紀である。今の世界を見渡しても、テロはそう簡単に止むことはない。
 私の先祖に鯉沼九八郎という人がいる。明治時代の自由民権運動が盛んな頃、爆弾を製造しようと試み、その後加波山事件を起こした人物である。高校の日本史でも、簡潔だが教科書や参考書に記述されている。私の地元では英雄扱いで顕彰されている。私の血を辿れば、過激なものも混じっていることに改めて気がついた。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K