川柳をやっていて、これはメリットだなぁとしみじみ思うことがある。それは、何につけ待つことが苦にならなくなったことである。
川柳と出合う前のかつての私にとっては、とにかく待ち時間というものはじれったいもので、何かで気を紛らわさないとイライラが募るばかりだった。人と会う約束でかなり待たされた場合、理由はともあれすっぽかさず来てくれたのだからといって寛容な気持ちに切り替えることがなかなか出来ない、ねちっこい性格の自分がいた。だって、私はいろいろな面でルーズな性格、テキトー人間だが、その反面時間を守ることについては周りの予想に反して几帳面だったからである。
今のようにスマホなんて存在しなかった時代は、腕時計とにらめっこするほかは何もない。時間潰しのために週刊誌や文庫本を常に持ち合わせているという訳でもなかったのである。
ラーメン屋に入っても、混んでいて順番待ちの時間が長いと、空きっ腹が高じてさらにじれったくなったりしたものだった。店の前で立って並ぶというのも当然苦手だった。
川柳を詠み始めると、極端に言えば森羅万象が句の題材になる訳で、目に触れるもの、耳に入ってくるものすべてについて、何か五七五にまとめられないかなと考えるような癖がついてくる。そうすると、暇な時間ができた場合、句のヒントになりそうなものを探そうとしたくなる。そして何かが閃くと作句モードのスイッチが入り、心の中で言葉を指折り数える自分がいる。上手く五七五にまとまるとラフな形のものでも取り敢えず何かにメモする。待ち侘びることのイライラ感が湧いてくる前に、作句の達成感に浸れる訳である。川柳と付き合い始めて以後、人との待ち合せなどで、1時間や2時間ぐらい平気で待ち続けることができるようになったのは確かである。娘には、忠犬ハチ公みたいだねぇ、とえらく褒められた(?)こともあった。
私の場合、こうところにも川柳の効用が現われていたのである。せっかちで何事も待つことが嫌いな方、それを直したいなら川柳をやるのはいかがでしょうか? 待ち時間が生産的、クリエイティブになりますよ。
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それよ、それ。
わたしは、待ち時間はひたすら作句に没頭。
一時間でも、二時間でも待てるのね。
それで60句(駄句)ほど詠めたらニコニコもん。
有意義な待ち時間とは、このことよね~。
喫茶店があれば、大丈夫(机と椅子がいるのね、やっぱり)。
同類の人がいて嬉しい。
句のメモは、やはり紙と鉛筆ですよね。スマホも便利だけど、これに関してはしっくり来ない感じがします。
私が川柳を始めたのも
整骨院の待合室でご婦人が突然
「川柳やっておられますか?
紙と鉛筆さえあればどこでもできますよ
待つ時間も苦になりませんよ」と声を
かけていただいたのがきっかけです(^^♪
ありがとうございます。
俳句と違ってわざわざどこかへ吟行に行かなくても詠めるし、コロナが収束するまでの巣ごもり状態でも集中して作句できますからね。