Loading...Loading...

 「忖度」([他人の気持をおしはかる]の漢語的表現/新明解国語辞典 第五版)は、数年前に流行語にもなった言葉であるが、他人の気持ちを推し量るというのはどういうことなのだろうかと私なりに考えてみた。
 組織の中で働いているサラリーマンなどは、ある意味で忖度そのものの世界に生きているようなものである。その忖度もほとんどが上に立つ人間に対しての忖度である。
 かつて働いていた頃、上司から指示された資料の作成で、組織のトップの会長に提出するので必要部数を丁寧にコピーするように言われたことがあった。この作業の中で、コピーする原本の中にホチキスで留められたものがあり、その中の1枚をコピーすることになった。ホチキスのステープルを外すとピンホールの穴が出来る。それをコピーするとその二か所の穴が黒く点として写ってしまう。何と、それを修正テープで消してそれからもう一度コピーして黒点が写っていないかどうか確認して資料を調えろと、そこまでうるさく作成方法を指導されたのである。
 私はその指導を啞然として聞いていた。もちろん、会長だからといってそこまでやるのかと呆れた訳である。しかし、これを啞然としない人間はたくさんいる。上司からの指示・命令はどんなことでも正しいものとして唯々諾々と従う訳である。そして、上司の頭の中はいつもこのように思ってる、あのように考えているということを速やかに察知し、常に忖度しながら仕事を進める。私のように少し忖度が足りない不器用な人間は疎まれて、結果的にはあまり出世しない。たかが資料作成、コピーのとり方でも、忖度をしまくった方が出世競争は勝ちでなのである。
 「忖度」の本来の意味から外れてしまうが、上にいる人間だから忖度し、それを使命として積み重ねて頑張れば、出世したいと思っている自分に対して、いつか必ずうまいようにいい結果が跳ね返ってくるのである。しかしそういうタイプは下にいる人間に対しては冷淡で、仕事にかなり負荷がかかるようなことがあっても、忖度どころか一顧だにしない場合が多い。上にも下にも忖度できるような人間はスーパーマンか神様に近い存在であろう。しかし心労が祟って早死にするかもしれない。
 「忖度」と「ゴマすり」は紙一重、イエスマンの得意とするところである。でも、そういう輩もそれなりにストレスを溜めて心身を害することもある。ざまあみろ、と思ってしまう世界である。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K