2020年9月21日に「先生が嫌い! 」を書いた。私が教師という職業に対して持つ負のイメージ(固定観念?)は筋金入りだと思うが、そういう経歴を持つ人との付き合いで最近経験したことを二つ記してみる。
太極拳の初段検定を受検するために約1年半、宇都宮のクラブへ週に1回出掛けては厳しい指導を受けていた。このことは既に記したことであるが、そこの指導者は二人いて、80歳を過ぎた元高校体育教師の男性の方と、私と同世代の女性の方だった。二人がやってくれる指導のうち、やはり女性指導者の方が優しかった。
厳しい方の男性指導者は、いつも理論的に説明してくれる。これが実に上手い。生徒達全員に対して手取り足取り丁寧に実技指導もしてくれる。そして、コンプライアンスとかハラスメントとか、いろいろと喧しく言われる時代なので、それなりに節度をもって接してくれていた。しかし脱線することも時にはある。おやじギャグを言って笑わせたり、指導しても悪い癖がなかなか直らない生徒を少し冷やかすように教え込んだりと、場の雰囲気を和やかな状態に保とうと努めながらも、そういった癖が出てくる。
私自身は有り難く教えてもらう身なので、そういった言動に少しずつ馴れていこうとした。他の生徒達のほとんどが女性(それも高齢者)なので、ギャグや冗談が通じず空振りに終わることもあった。それでも言われて愛想笑いをしながらの受け答えをする者もいた。私に対してもそんな場面があったが、私は軽く聞き流していた。
ある練習の日、一斉に休憩をとっていた時間に、その男性指導者と一番練習熱心でいずれはクラブの後継指導者になるのではと目されていた女性の生徒(私とほぼ同い年)が、近々予定されている大会のやり方や準備のことで大きな声を出して話し合っていた。それがかなり長く続いて少しずつ口論に近くなってきた。男性指導者も生徒からの申し出にしつこさを感じて、いくらか声を荒げそうになることもあった。その後何とかその場は収まって練習は再開したが、翌週の練習日には、何とその女性生徒が退会してしまったことがみんなに報告されたのである。何と呆気ない辞め方なのだろう。複数のクラブに所属して練習を重ねていた方だったので、今後太極拳に全く関わらなくなるという訳ではなさそうだったが、それにしても突然の出来事に私は内心かなり驚いた。
その後、生徒たちはこの退会劇の話題にはあまりふれないようにして、毎週行われる練習に励んだが、この小さな事件みたいな出来事について、私なりに思うこともあった。その女性生徒は熱心に指導を受けて段位を目指していた。男性指導者の飛ばす冗談をいつも軽く受け流し、真面目な指導内容だけをきちんと聞いていた。そのやりとりを私は傍でよく眺めていた。そういった理想的にも見える師弟関係の中にも、実は考え方の違いがあったのだと改めて思い直したのである。その齟齬がいずれ顕在化するのは時間の問題だったのかもしれない。
「マウントをとる」という言葉が世間に定着して久しい。若者言葉から出てきたのだろうが、今では日常的によく用いられている。私も時々使うことがある。教師という職業にもいろいろあるが、そのうち高校の先生だと、相手とする生徒も生意気盛りの半分は大人みたいな存在である。小学生相手のようにはなかなかいかない。対等に話し合いをすれば言い負かされそうになることだってあるだろう。先生としていろいろな場面でマウントをとる態度も必要になってくる。
先ほどの男性指導者と女性生徒の言い合い場面で、テンションが高くなった指導者が最後にコンプラ違反やハラスメントになるような、少し差別的な発言をしたのを憶えている。当人は主導権を握るために何とかマウントをとろうとしていたのだろうか。その発言は私以外の生徒も聞いていたようだった。それは言い過ぎだと感じた者もいたかもしれない。
そんなことを考えながら、ある川柳団体の代表と付き合った経験をふと思い出した。その人は遠方にいるので偶にしか会わない。それ以外はメールか電話のやりとりとなる。ある時、共同で作業に関わることになった案件のことで問題が発生した。
その代表の下で働く者が私の話しをあまり聞いてくれない。さらに、外部とのやりとりでミスも多く能力的に疑問符が付くような働き方だったのである。それが深刻化してきたので、私からその事態をメールで代表に報告することになった。私の方は内容を具体的に書いて送り、その対応をお願いしたつもりだったのだが、その代表はメール返信ではなく速攻で私へ電話をかけてきたのである。
当人も実はその部下のことは気にかけているようだった。しかし、どうもその話題にはあまりふれてほしくない事情(その部下を注意して機嫌を損ねられたら臍を曲げて仕事が立ち行かなくなる)があったようだった。電話でお門違いの解決策を一方的に喋り始めた。私が説明した状況については、全く取り合ってくれない。部下の働きぶりが問題ではないことを一方的にまくし立てたのである。まずは私の話しを聞いてくださいと頼んだのだが、それを無視して喋り続ける。
そして一段落すると、何とそれで終わりだと言う。電話を切らないで私の方の言い分を改めて説明させてくださいと言っても、それは聞かないときっぱり拒否する始末である。私は啞然とした。何が何だか分からない。こんな会話があっていいものか。結論を言えば、私には非がないことについて、何故か私の方が逆鱗にふれ、地雷を踏んでしまったようだった。私にとってはとんでもない災難である。何というマウントのとり方だろう。
電話を切った後に、私の心にはもの凄い不快感が生じた。そして私は心の中で叫んだ。「私はあんたの生徒じゃない!」と。その人物も元高校教師だったのである。対等な立場を装いながら最終的には上から目線で決着をつける、悪く言えば誤魔化そうとする。現役時代の生徒指導のやり方、何につけマウントをとろうとする地が出てしまったのだ。お互い同じ目線で話し合った方が結果的にはいい解決策が生まれるはずだというのに、そのチャンスを逃してしまった訳である。その後もあまりにも理不尽なものの言い方をするので、共同作業の役目を降りた。
高校教師稼業には、マウントをとって事態の収拾を図り、それでケリをつけたつもりの傲慢さ(悪く言えば狡さ)があると改めて思い知った次第である(すべての高校教師がそうだとは決して言わないが)。振り返ってみれば、私の高校生活にもそんな経験がいくつかあったと急に思い出されてきた。
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まあ、これを読んでどなたかは察しがつきましたが笑、、、自分も似たようなことがありましたよ。あの方ならムリです、変わりません。
われわれ川柳人は世間様より少しは川柳のことは知ってるがそれ以外はみな対等の人間でありそこに上下関係はないのだということをフツーに認識してほしいものですね。
還暦過ぎた私が年上のじいさんから「お前は生意気なんだよ!」と訳もわからず暴言吐かれるのは川柳くらいなもんです。