昭和の時代、結婚して子供が生まれると家を持とうとすることは半ば当たり前のことだった。もちろん令和の今でもその考え方は続いていると思うが、そういうことにはあまり頓着しない人もいつの世にも存在する。以下に、家にまつわる知人3人の事例を挙げてみる。
かつて職場の上司が家を建てた。それまでは安い家賃で入居できる職員住宅にずっと住んでいたのである。おそらく20年近くは住んでいたのではないか。家を建てる理由は、高校生の娘にもっと広い家で暮らしたいとせがまれたからだという。
上司の年齢はもう50歳を過ぎている。今更住宅資金を確保して新築の家を建てるのもしんどいのではないかと私は思ったが、人ぞれぞれの考え方があるので何も言わなかった。ただし、当人は家を建てることの面倒くささを偶に愚痴っていた。あまり住む家にはこだわらないタイプのようだったのでそう感じたのだろう。
その後のことではあるが、60歳を過ぎて3階建ての家を新築した川柳仲間がいた。通りに面しているので、2・3階を住居にして1階部分には貸店舗を3つ設けた。そういう設計にしたので頑丈な鉄筋造りだという。豪邸と言えるだろうか。当然毎月のテナント料が入る。年金暮らしで住宅ローンはもう組めないだろうから、この収入を当てにしているのかもしれない。少し興味があったが、詮索するようなことはしなかった。
3人目は私の家の隣に住んでいる老夫婦である。以前は数百メートル先の同じ町内に居住していたが、自宅の真ん前に3階建てのアパートが建つことになり、急に日当たりが悪くなった。それでわざわざ引っ越してきたのである。当時のご主人は60代後半である。これには少し驚いた。あと何年生きられるか逆算してみれば、新築を建てるには勇気がいるのではないか。元の住んでいた家はすっかり日陰になってしまったが、それを貸家にして収入を得ているという。
さて、1人目の上司は酒好きだった所為なのか、70代半ばで早く亡くなった。新居には20年も暮らしていなかったのではないか。2人目の川柳仲間は90歳を過ぎた今でも元気である。築後20年が経過して家のリフォームをやったと聞いている。
3人目の隣人も元気である。ご主人は現在80代になったと聞いているが、健康に心がけて運動もよくやっている。それだけでなく庭弄りが好きで、冬場を除けば毎日のように庭の草むしりや草木の手入れをしている。日陰になってしまったような家には住めない性格の方なのだということが改めて分かった。
建売住宅の寿命というのはどれくらいなのだろうか。30年から50年くらいが精々だろう。自分の余命年数を計算して住む家のことを考えた場合、ある程度自分は長生きするだろう(平均寿命より長いだろう)と見込むのが普通ではないか。何かの持病を抱えている場合は別だろうが、人間は望みを持っていい方向に自分の人生設計を描くものである。当たり前だが、万一の不幸は余り考えたがらない。
新しくて快適な家に住みたい、そこで暮らしたいというのは、私のように衣食住にほとんど興味がない奇人変人の類いを除けば、真っ当な考え方である。しかし人間の寿命と家屋の寿命のズレは必ず生じる。亡くなったら我が子が住み続けてくれればいいというのは親の勝手な思い込みである場合が多い。子供は大体所帯を持つか持つ前に家を出るというケースがほとんどである。パラサイトシングルという言葉が流行ったが、仮に親が亡くなった後に子供が一人で住み続けていても、それなりの維持管理やリフォームはいずれ発生する。場合によっては建て替えを迫られることだってあろう。
木造住宅が基本の日本では、ずっと人と家との寿命のズレを抱えたままの住宅建築の歴史が続いていた訳である。もちろん最近は集合住宅に住むケースがどんどん増えているけど…。人の一生と住む家の移ろいは永遠に嚙み合うものではないだろう。
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家を建てたのは30歳を過ぎた頃で次女が生まれるのでエイヤ!で決断しました。今考えると早い気もしますがそれでも25年ローンは果てしなく遠く感じたものです。ま、そのおかげで退職時はローン返済なしという身軽でスタートできましたが。今は海辺の古民家を買ってリフォームして住むことが夢です。
与生さん、コメントありがとうございます。
海辺の古民家ですか? なかなかいいお話ですね。実現したら一度お伺いしたい気もします(笑)。
私の方は関西にあるURの賃貸物件で3DKあたりが終の棲家になりそうです。