転び癖いつも何とかなる不思議
高齢者と転倒はワンセットのようなものである。その経験のない高齢者は皆無である。例にもれず、しっかり転倒してきた。病院のお世話になったこともある。それでも、今日までこうして普通の生活が出来ているのは、いつも何とかなった身体と、反省しているというより、「運がよかったとしか言いようがない」としみじみと振り...【続きを読む】
年の差を解いて上手に交わされる
台風一過、爽やかなこの季節になると几帳面に合えると言うか、お目にかかれる人がいる。最初は、行きずりで気にも止めないが、毎年、同じ季節に邂逅すれば、気候や景色にも融合して、だんだんと印象に残ってくる。やがて、何時とはなしに心待ちにしている自分に気が付く。何かの支障で会えなくても、「若い人は、いろいろあ...【続きを読む】
死刑にはならぬ遊びが面白い
遊びの中には、微罪を振りまいているものが結構ある。そこが大人の遊びだと洒落て言うが、やばい遊びは手を染めると抜けられなくなるのがお決まりで、考えてみると人間は弱い生きものではある。死刑にはならない遊びって、なにがあるのだろう。さあ、あなたも考えるだけなら死刑にはならない。
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すこし愚痴言い過ぎました雨続き
◎ 病を得てから感情の起伏が激しくなったことが自分でもはっきり判る。わかっていながら、ふと気づくと今日も同じ愚痴を繰り返している。口をついて出た言葉は回収不能なのだけれど。ここにきて、自分は病だという事で、世間にあまえていたのではないだろうか?
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うっかりと私ひとりが西を向く
よくある話ではある。うっかりを認めているが、西はこっちだと確信したうえで向いたとしたら、悲劇を通り越してピンチである。長い人生にはいくらでも転がっている不幸の種なのである。うっかりであって欲しいのは本音。
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何処で切っても人生は途中なのだ
「何処を切っても」の「を」と「で」の違いが、句を左右する。「を」の場合は終わってしまった人生について語っているが、「で」はいまも続いている人生を語っている。勿論、後者でないと作者の意に添わないと勝手な解釈と一緒にぼやかせて貰った。
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みんなより少し老けてるだけなのに
木割大雄氏(俳句作家)に取り上げて貰った現代川柳である。「この一句に出会ってうれしくなっています。そうですよねぇと一人でにやにやしています。嬉しいではないか同感である。」というコメントを頂いたことで。自分的には一気に輝きを増したような錯覚を覚える句になった。
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サーブ権真っ赤なバラで取り戻す
相手との主導権争いに真っ赤なバラを送って、サーブ権を取り返したという。サーブ権の句は、ときどき見かけるが、二人の間の微妙なサーブ件争いは、複雑怪奇で、第三者には理解が難しい。次の新手に何を繰り出そうかと、レシーブしながら考えている。
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