遠慮気にやや得意げに駅ピアノ
「ピアノの演奏を通して、その人の人生の一端を垣間見る駅ピアノの番組。遠慮気にやや得意げにとした表現が人間の心理を突いている」とは、平尾正人氏から頂いたコメント。やや離れた場所から手を助ける思いで、見守っていたママ。弾き終わった笑顔のおさげ髪が、その胸に飛び込んで行った情景が目に浮かぶ。
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なぐさめるから淋しさが湧きあがる
〇 じっと我慢して耐えている哀しみを、在り来たりのことばで慰められると、耐えていた哀しみが一気に噴出してしまうことは誰もが、一度や二度は経験してきた筈である。転んで膝小僧をスリむいだが、噴出す血を見て痛さはさらに増すのである。いよいよ我慢は限界である。
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「ですよね」を繰り出す会話乗り切れず
難聴を自覚してから、随分になる。今は周囲が慮ってそれなりの、温かい労わりで包んで呉れているから楽しい。それでも古い世代には馴染めない言葉がどんどん生まれる。滔々と持論を展開したかと思えば、尻窄めにがっかりさせられる。「ですよね」も表現は優しいが連発されると「押しつけ」がましく聞こえる。
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転び癖いつも何とかなる不思議
高齢者と転倒はワンセットのようなものである。その経験のない高齢者は皆無である。例にもれず、しっかり転倒してきた。病院のお世話になったこともある。それでも、今日までこうして普通の生活が出来ているのは、いつも何とかなった身体と、反省しているというより、「運がよかったとしか言いようがない」としみじみと振り...【続きを読む】
年の差を解いて上手に交わされる
台風一過、爽やかなこの季節になると几帳面に合えると言うか、お目にかかれる人がいる。最初は、行きずりで気にも止めないが、毎年、同じ季節に邂逅すれば、気候や景色にも融合して、だんだんと印象に残ってくる。やがて、何時とはなしに心待ちにしている自分に気が付く。何かの支障で会えなくても、「若い人は、いろいろあ...【続きを読む】
死刑にはならぬ遊びが面白い
遊びの中には、微罪を振りまいているものが結構ある。そこが大人の遊びだと洒落て言うが、やばい遊びは手を染めると抜けられなくなるのがお決まりで、考えてみると人間は弱い生きものではある。死刑にはならない遊びって、なにがあるのだろう。さあ、あなたも考えるだけなら死刑にはならない。
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すこし愚痴言い過ぎました雨続き
◎ 病を得てから感情の起伏が激しくなったことが自分でもはっきり判る。わかっていながら、ふと気づくと今日も同じ愚痴を繰り返している。口をついて出た言葉は回収不能なのだけれど。ここにきて、自分は病だという事で、世間にあまえていたのではないだろうか?
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うっかりと私ひとりが西を向く
よくある話ではある。うっかりを認めているが、西はこっちだと確信したうえで向いたとしたら、悲劇を通り越してピンチである。長い人生にはいくらでも転がっている不幸の種なのである。うっかりであって欲しいのは本音。
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