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川柳塔11月号が届きました
~大正13年創刊・通巻1194号、受け継がれる川柳の心~
楽しみにしていた『川柳塔』11月号が届きました。表紙には「創刊大正13年」「通巻1194号」の文字。そして「第32回 川柳塔まつり特集・令和8年 6賞発表」号です。「川柳塔」を手にすると、作品を読む楽しみとともに、この柳誌を支えてきた人々の歩みにも思いが向かいます。今回は、百年を超える歴史を持つ川柳塔と、その源流を築いた麻生路郎についてご紹介します。
【麻生路郎から始まった歩み】
川柳塔の歴史を語るうえで欠かせないのが、近代川柳の発展に大きな足跡を残した麻生路郎(あそう・じろう、1888~1965年)です。広島県尾道に生まれ、大阪で活躍した路郎は、昭和11年に「専門家なき世界は発展せず」として職業川柳人を宣言しました。川柳を生涯の仕事として引き受けた、その覚悟が伝わってきます。路郎は大正13年(1924年)、川柳の社会化を掲げて川柳雑誌社を設立し、『川柳雑誌』を創刊しました。その誌上で、近詠欄につけられた名前が「川柳塔」でした。現在の誌名につながる言葉は、創刊当初から存在していたのです。路郎の川柳観を表す言葉に「人間陶冶の詩」があります。人間や自然を見つめ、日常の言葉で人の心に届く詩を生み出す。その営みを通じて、人間そのものを深めていこうとする考え方です。川柳を学ぶことは、人を知り、自分自身を見つめ直すことでもあるのでしょう。
【戦争を越え、志を次の世代へ】
『川柳雑誌』は戦争の激化によって昭和18年に休刊しますが、昭和21年8月に復刊します。その後、昭和40年7月7日に路郎が亡くなり460号で廃刊となりました。しかし、その志を受け継ぐ人々が歩みを止めることはありませんでした。同年10月3日、不朽洞会員たちが結集して川柳塔社を設立。中島生々庵を理事長に選び、『川柳塔』を発刊しました。大正13年創刊という歴史は、この『川柳雑誌』からの歩みを受け継ぐものです。長い歴史とは、年月や号数だけではありません。作品を寄せる人、選を担う人、編集や発送に力を尽くす人、そして毎号を楽しみに待つ読者。その積み重ねが、通巻1194号という一冊につながっているのだと思います。
【198名が集った第32回川柳塔まつり】
11月号の特集の一つが「第32回川柳塔まつり」です。今年は10月3日(土)、ホテル・アウィーナ大阪を会場に開催されました。掲載された開催報告によると、出席者は198名。当日は六賞の表彰式も行われ、次の皆様が受賞されました。
・路郎賞 前田楓花さん
・川柳塔賞 北川時子さん
・愛染帖賞 大久保眞澄さん
・檸檬賞 米田利惠子さん
・一路賞 山野寿之さん
・各地柳壇賞 米田雅子さん
受賞された皆様、誠におめでとうございます。創始者の名を冠した「路郎賞」が今も続いていることにも、先人の志を大切にする川柳塔の姿勢が感じられます。大会後の懇親宴にも70名余りが参加し、歌声も響く和やかな交流の場となったそうです。作品を通じて出会い、顔を合わせて語り合う。こうした人と人との結びつきも、川柳を長く続ける喜びの一つです。
【百年の蓄積を、これからの一句へ】
川柳塔では、過去の柳誌や句集、麻生路郎の著作などを公開する電子化事業にも取り組んでいます。先人の作品や川柳論に触れられる資料は、私たちが学びを深めるうえでも貴重なものです。伝統ある柳誌を読む楽しみは、優れた句に出会うことに加え、自分とは異なる人生やものの見方に触れられることにもあります。同じ題から、これほど多彩な世界が生まれるのか。その驚きが、また次の一句への意欲になります。百年を超えて受け継がれてきた歴史があります。私もこの歴史につながる一人として、今年8月に推薦を受けて、川柳塔の同人となりました。学ぶ心を忘れず、人の心に届く一句を目指していきたいと思います。麻生路郎がまいた種は、今も多くの川柳人の中で育ち続けています。
柳山
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