なぜ川柳愛好家はいつまでも若くて元気なのか?
~五・七・五が脳と心を若々しくする~
川柳の句会に参加していると、いつも驚かされることがあります。それは、皆さんが実に若々しいことです。80代、90代になっても句会へ出掛け、自分の句を披露し、仲間の句に笑い、時には選者として何百句もの作品に目を通します。川柳の世界では70代は「まだ若手」と冗談交じりに言われることさえあります。では、なぜ川柳を楽しむ人たちは、これほど元気なのでしょうか。もちろん、川柳をすれば必ず健康になる、認知症を防げるという単純な話ではありません。しかし川柳という趣味をよく観察すると、脳と心を日常的に働かせる要素が実にたくさん含まれていることに気付きます。
川柳は「17音の脳トレ」です
川柳は、基本的に五・七・五というわずか17音の文芸です。短いから簡単かというと、まったく逆です。「この言葉では一音多い」「こちらの表現のほうが面白い」「下五を変えたら余韻が出る」「もう少しひねったほうが読者を驚かせられる」「少し説明調になっているかも知れない」などと一句を作る間に、頭の中ではさまざまな作業が行われています。題材を見つけ、記憶を呼び起こし、言葉を探し、組み合わせ、音数を数え、推敲し、最後には「これで伝わるだろうか」「選者はこの手の句を採るだろうか」と読み手の立場まで考えます。つまり川柳は、記憶、言語、注意、発想、判断などを組み合わせて使う総合知的活動なのです。
「言葉を探す」ことが脳への刺激になります
課題吟で「海」という題が出たとします。海、波、潮、船、港、水平線、故郷、青春。一つの言葉から、脳の中に眠っているさまざまな記憶や言葉を引っ張り出します。これを川柳では「見立て」と読んで幅広い発想を行うための重要な作業となっています。「あの旅行で見た海」「子どものころ泳いだ海」「若いころの恋」「ニュースで見た海」こうして過去の記憶と現在の感覚を結びつけ、新しい一句へ作り直していきます。川柳を作るということは、頭の中の「言葉の引き出し」を何度も開けたり閉めたりする作業ともいえるでしょう。
「観察する習慣」が毎日を新鮮にします
川柳愛好家は、日常生活の中でも無意識に題材を探しています。電車の中の会話、スーパーのレジ、病院の待合室、夫婦のやり取り、孫のひと言、季節の移り変わり、そして新聞やテレビのニュースまで、すべてが川柳の材料になります。普通なら通り過ぎてしまう出来事にも、「これは一句になるぞ」と立ち止まります。必要であれば忘れないようにメモをとったりもします。ボイスメモを使っている方もいます。この好奇心こそ、川柳愛好家の若々しさを支える大きな力ではないでしょうか。年齢を重ねても、新しい出来事に関心を持ち続ける。世の中を観察し続ける。そして面白いものを発見しようとする。川柳愛好家は、いわば一生「好奇心のアンテナ」を張って暮らしているのです。
「笑い」も川柳の大切な力です
そして川柳には「笑い」があります。句会で秀句が読み上げられ、会場からドッと笑いが起こることがあります。自分の句がそうなれば、こんなに川柳作家冥利につきることはありません。特に、年齢を笑い飛ばす句は人気があります。物忘れも、老眼も、夫婦のすれ違いも、川柳にしてしまえば立派な作品です。嫌な出来事さえ、「これで一句できる」と思えば、少し違った景色に見えてきます。人生の失敗や老いまでユーモアへ変えてしまう。この「心の変換装置」を持っていることも、川柳を楽しむ人たちの強みでしょう。
句会には「人とつながる力」があります
川柳は一人でも作れますが、句会へ行けば仲間がいます。「この句は面白かった」「今日は抜けなかった」
「次の大会はどこへ行くの?」そんな会話が自然に生まれます。作品を作るだけではなく、人に会い、話し、笑い、刺激を受け、また次の句を考える。この社会的な交流も、年齢を重ねてからの生活に大切な意味を持っています。句会の日には服を選び、電車に乗り、会場まで歩きます。そこで仲間と話し、頭を使い、笑って帰ります。考えてみれば、川柳の句会は「頭・心・体」を一度に動かす場所なのです。
「締切」があるから未来を見る
川柳には、もう一つ面白い特徴があります。それは締切です。「来月の課題は何だろう」「大会までにあと三句作ろう」「次の句会にはこの句を出してみよう」川柳家には、いつも少し先の予定があります。場合によってはよくできた句をストックしておきどの大会や句会に提出しようかなどとも考える川柳愛好家も沢山います。これはとても大切なことだと思います。人は未来に楽しみがあると、その日に向かって準備をします。次の句会、次の大会、次の投句締切。川柳を続けている限り、カレンダーには「これから」が次々と書き込まれていきます。川柳とは、過去を思い出して詠む文芸であると同時に、未来へ向かって作り続ける文芸でもあるのです。
70代はまだ若手?
川柳界では、80代、90代になっても第一線で活躍している方が珍しくありません。そうした先輩方を見ていると、70代の川柳作家が「まだ若い」と言われるのも、あながち冗談ではないような気がしてきます。大切なのは実年齢ではなく、「次はどんな句を作ろう」と思える心なのかもしれません。好奇心を持ち、言葉を探し、人と会い、笑い、そして次の一句を考える。川柳には、この一連の営みがすべて詰まっています。
五・七・五は人生の伴走者
川柳は紙と鉛筆さえあれば、何歳からでも始められます。そして年齢を重ねれば重ねるほど、人生経験そのものが句材になります。恋をしたことも、仕事で失敗したことも、子育ても、夫婦喧嘩も、病院通いも、孫との会話も、すべて一句になります。年を取ることさえ、川柳家にとっては新しい材料なのです。だから川柳家は、いつまでも人生を観察します。いつまでも言葉を探します。いつまでも笑います。そして、いつまでも次の一句を考えています。もしかすると、川柳愛好家が若々しく見える最大の秘密は、ここにあるのかもしれません。五・七・五を作る人には、いつも「次の一句」という未来があるのです。
今日は、なぜ川柳愛好家はいつまでも若々しいのかというテーマでまとめてみました。皆さん実感されることが多いのではないかと思います。このテーマは昨日の東葛川柳会で、ある柳友から是非「川柳愛好家の若々しさを分析してブログに掲載して欲しい」とのご希望を頂きまとめてみました。皆様からのコメントなど頂けると幸いです。
柳山
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おはようございます
いつも楽しくて面白くてためになるエッセイ(こういった文章をなんと呼べばいいのでしょうか)をありがとうございます。今日のは特に頷きながら楽しく読ませていただきました(いつもはちょっと難解なところもあり勉強不足なワタクシは「う~~ん。。。」とあまり理解できていないのですが)
遠方に住むワタクシはあまり興味もないと言うこともあり生の句会にはこれまで2回しか出たことがありません(直近の句会では全ボツでした!~~!)。それでも選者ありきと思うところがあるのであまり落ち込みもしないのですけど。
いつも句を作るときは頭の中は真っ白けからっぽです。う~~~んと絞り出しています。でもその時は言葉と対峙している時間がとても楽しくてかなり集中しますね。俳句の場合は季語探しです。どちらも17文字の中の言葉の宇宙。これらがボケ防止になっているか自分では不透明ですが、いろいろ悩みもある生活の中でよい調味料になってることだけはありかなと思います。70代はまだ若いと言うこと。じゃあ71歳のわたしはまだまだひよっこですね!これからもどんな句が自分から生まれて来るか楽しみにすることにします。
ぱせりさん
早速のコメントありがとうございます。
70代は川柳界では若手です。これからも大会や句会に参加して大いに川柳を楽しんでください。
柳山