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 昨年の10月5日のブログで「コロナかれ」主義のことを書いた(コロナかれ主義 | 三上博史ブログ (shinyokan.jp))。今回は、これの続編を書きたい。
 先月の中旬、川柳仲間の女性が75歳の若さで突然亡くなった。死因は心臓麻痺ということらしい。新聞の訃報欄の情報からお通夜に出向いたのであるが、これは親族のみで行われるということで、友人・知人等の参列者は受付で香典を渡した後、焼香するだけで式場を立ち去らざるを得なかった。コロナ禍の状況を踏まえ、感染防止という観点からそのようにしたようである。
 新型コロナウイルスの感染者数は9月から激減傾向となり、栃木県でも感染者ゼロの日が何日もあった状況が続いている。だから、そんなに大事をとる必要があったのだろうかと私は疑問に思った。オミクロン株の話題もまだ出ていなかった頃のことである。
 施主側の考えもあるだろうが、葬儀場の都合、臆病で自己都合的な事勿れ主義、私が造語した「コロナかれ主義」でそのような応対になったと考えざるを得ない。何か釈然としないのである。
 コロナの出口はまだ見えていない。しかし少なくともその時点では状況がかなり好転しているというのに、なおもこんなやり方で過剰なまでにリスクを回避しようとするのは、これから先何年もそのように我慢しなければならないのかと考えざるを得ない。家に帰って、改めて残念な気持ちになった。
 「ウィズコロナ」などという言葉が昨年生まれたが、所詮こんなものは言葉だけが先行したある意味実体のない、実行性のなさそうな概念である。現実にそのような心構えで生活するなんてそう簡単には出来ない。イメージすらなかなか浮かばない。本心は誰もみな元の生活に素直に戻りたいのである。
 ほんとに嫌な世の中になった。コロナの所為であることは当たり前だが、「コロナかれ主義」が巷に蔓延っているのも些か気持ちが悪い。
 正直に話せば、私は件のお通夜で(お坊さんの話しなんかより)施主の挨拶の言葉を聞きたかったのである。そこで故人を偲ぶことができなかったのが大変残念だった。

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