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 高校生の頃に近視が判明し、以来50年近くメガネとお付き合いする生活を続けている。
 若い頃は近視の進行も早く、また手荒にレンズやフレームを扱う所為か、2年に一度くらいはレンズを交換し、レンズ交換をしながら2回に1回ぐらいはフレームも新調していた。
 40歳を過ぎると老眼も出てきて遠近両用レンズとなり、軽いプラスチック製レンズやチタンフレームに買い換えすると値段も結構馬鹿にならない。近視のレンズは凹レンズなので度が強くなるほどレンズの周囲が厚くなり、いわゆる牛乳瓶の底みたく見えてくる。なるべくそうならないようにするために薄型のものにしたり、更に何やかやと眼鏡店の勧める加工オプションを付加すると、レンズとフレームの交換では毎回10万円近くの支出になってきた。
 50歳を過ぎると乱視にもなってきたが、近視の進行はかなり緩くなっていた。というより、少しぐらい見えなくても我慢するようになったのである。思えば、若い頃は視力が落ちたなと気づいたら速やかにレンズを変えるようにして、なるべく1.5や1.2程度の矯正視力を保っていようとしていたが、歳を重ねると少しぐらい視力が落ちても、例えば運転免許の更新で問題なければいいかな、などと思うようになってきたのである。視力に対して妥協的な態度になったのは確かである。
 私はいろいろなことに対して好奇心が強い方であるが、ものをじっくり見る上で視力は大切なものだと考え、メガネを必要としていない人の視力と同じくらいの観察力は持っていたいという気持ちがずっとあった。しかし還暦へと近づいて老いを感じ始めると、自分の人生に対して悟るところが出てきて、少しぐらいものが見えなくてもいいかなと開き直り始めたのである。
 だから、現在のメガネは52、3歳の頃に新調して以来、10年以上ずっと愛用している。視力が落ちていることは毎年の人間ドック受診なとで承知しているが、レンズ交換はしていない。もちろんフレームも大事に扱って使っているので何も問題はない。この先、数年以内にはフレームも含めて新調しようと考えているが、視力に対して妥協するようになり、これと並行して好奇心が衰え始めたのも確かなことである。そもそも高齢者となって世の中の新鮮な動きに対して既に付いて行けないことも増えてきたのだから、何でも見て知ってやろうという気概が減っていることは素直に認める。

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