新聞をめくっていたら、軽度認知障害(MCIという言葉が使われる)の高齢者数は、65歳以上を対象にした場合、来年あたりにはほぼ6人に1人、全国で約564万人になるという記事に出遭った(2024年6月11日読売新聞東京本社版)。その中では、そうならないために食事・運動・会話の大切さを説いている。なるほどと思うが、もちろん私も他人事ではない。
当たり前のことだが、若い時分に比べると記憶力の低下は否めない。ちょっとしたことでのもの忘れもよく経験するようになった。昔のことはよく憶えているが、最近(直近)のことになるとすぐ忘れてしまう。齢を重ねたのだから仕方がないという諦めと、その悪化を恐れる気持ちが心の中で複雑に絡み合っている。
食事も運動もそれなりに気にしている。一人暮らしなので会話がないことはどうしようもない。ご近所さんと会ったら、なるべく立ち話するような気にもならない。趣味でやっている太極拳やコーラスの集まりでも積極的にお喋りの輪の中へ入ろうとは思わない。無理して話題についていくとその反動が怖いのである。妙に愛想を振り撒いたり、変に謙遜したりするお喋りは、話す方も聞く方も家に帰ってから疲れを感じてくるものである。無駄なお喋りには弊害もあることは肝に銘じる必要がある。
定年退職後のライフスタイルを振り返ってみると、考える時間だけはたっぷりあるとしみじみ感じている。そして私なりにそれを有効活用していると思っている。
何に取りかかろうとしても、まずはよく考える。すぐには行動へ移さない。行動するには、なるべく時間をおく。つまり、行動するための思考の準備をなるべく設けようとする訳である。これは些細なことでもそうしている。
何かを買う。どこかへ行く。誰かと会う。こういう日常行動に対して即座に対応(対処)しないように心がける。何かに取りかかる場合、そのための段取りにはなるべく丁寧に時間をかける。これは歳を取って心身の動きが鈍くなった所為もあるが、老後と呼ばれる人生の中で時間的余裕がたっぷりできると、慌てる必要など滅多にないことに気がつくからである。そういう生活を送りながら、ボケ防止の一環として、ものをよく考えるようにしている。このライフスタイルで大きな失敗をしたことは少ない。メリットの方が遥かに多い。
仕事を持っていると、プライベートな時間との使い分けが出てくる。しかし退職すれば、1日24時間が丸ごとプライベートなのだから、使い分けのジレンマに陥ることはない。これによるストレス軽減は大きい。時間に追われることが一気に無くなる。
プライベートだけの日々を送りながらも、ものの考え方が負のスパイラルに陥ることがある。悩み事や心配事があってネガティブに考え込んでしまうとなかなか眠れないような事態となる。しかしこれも、人生には山もあれば谷もある、毎日がいつも楽しい訳ではないと悟るようにしている。そして、風はいつでも吹いている。どこからでも吹いている。そんなふうに開き直っている自分がいる。
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