河島英五のヒット曲に「酒と泪と男と女」(1975年)がある。本人による作詞作曲で、今も歌い継がれている名曲である。歌詞の中で以前から気になっていたフレーズがある。以下、一番のみを紹介する。
忘れてしまいたい事や
どうしようもない寂しさに
包まれた時に男は
どうして酒を飲むのでしょう
飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで
飲んで 酔いつぶれて寝むるまで 飲んで
やがて男は しずかに寝むるでしょう
この中で、以前から「寝むる」の漢字ひらがな表記が気になっていた。謎だった。中学生の国語の漢字書き取りテストなら、この答えはバツとなる。なぜ敢えて、河島英五はこのように記したのか。うーん、掘り下げる必要を私なりに感じたのである。
中学生の英語で「寝る」は「go to bed」、「眠る」は「sleep」と習う。大雑把に言えば、前者は当人の行動であり、後者は状態を表している。そして、日本語の「寝る」に相当する英語(go to bed)は、いわゆるイディオム(英熟語、慣用句)になっている。つまりストレートな単語としての日本語の「寝る」に相当する英単語には存在しないことになる。このことは高校生の頃から気になっていた。
そもそも「寝る」と「眠る」の違いは大きなことなのであろうか。寝たら大方の人間はその後必ず眠る。もちろん何らかの事情で眠れない時もある。しかし寝たら眠るのが当たり前なら、ある意味でこの言葉に大した区別はないとも言えるだろう。ベッドに行かなくても、布団の中に入らなくても、ただ横になっただけで眠ってしまう場合もある。いやソファーや座椅子に座ったままで寝てしまう、眠ってしまう場合もある。馬なら立ったままで、寝るまでもなく器用に眠るらしい(私はその光景を実際に見たことがないけど…)。寝るという動作より眠るという状況の方が大切なのだ。英語には「寝る」の英単語が存在しない理由も分かるような気がしてくる。
河島英五の歌詞に出てくる「寝むる」には、眠る前段階の行動、文字どおりの「go to bed(ベッドへ行く)」のイメージはなさそうである。酔いつぶれて眠るのだから、飲み屋のカウンターかテーブルなどで打ち伏せてそのまま「寝むった」のではないか。睡眠とは程遠いものであり、イメージの光景の中にベッドや布団などいう寝具は出てこないだろう。そして、朝まで眠り続けた訳ではあるまい。閉店となる深夜あるいは遅くとも夜が明ける頃には目覚めたことであろう。そんなふうにいろいろと想像してみると、歌詞の流れの中で、安眠や睡眠、熟睡などを連想する「眠」の字はあまりそぐわない。「寝落ち」などという言葉があるように、「寝」の方がしっくり当てはまるような気がしてくる。私にとってはそこまで深読みしたくなる「寝むる」なのである。
ここまで書いてきて、日本語の「寝る」には「眠る」の意味合いがかなり強く込められていことに気づいた。「寝ているの? 起きているの」「電車の中で寝てしまった」など、「眠る」の意味合いで「寝る」という言い方になる用例が何と多いことか。
ついでに言うと、2番目の歌詞に出てくる「泪みせる」、「泪は見せられない」の「泪」も「涙」ではないところが気になった。「涙」より「泪」の方が情景的にはより具体性があり、ズームインしたくなるような「なみだ」だからこそ「泪」表記にしたのだろうと、私は私なりに受け取った。
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