先日車を運転しながらカーラジオを聴いていると、竹内まりやが歌ってヒットした「September」(1979年発売)が流れてきた。久しぶりに聴いたので懐かしく感じた。フルコーラスだったのもよかった。
歌詞(作詞:松本隆)の中に何度も「セプテンバー」のフレーズが繰り返される。最初は心地よく感じられたが、次第にしつこく思えてきた。聴き終えてから、なぜなんだろうと自分なりに考えた。
日本語の歌詞なのに「セプテンバー」だけがネイティブスピーカーのように「September」の英語の発音になっているのである。日本語の歌詞の中に、ある程度の長さの英語のフレーズを入れた場合は英語らしく発音して歌う場合が多いが、英単語の一つ程度では日本語的に発音するのが一般的なのではないか。何とも不自然に響いてきた。
どうして「September」とわざわざ英語読みの発音をして竹内まりあは歌っていたのか。日本語の分からない英米人がそこだけの英語を聴いても、歌詞全体の日本語の意味は把握できないというのに…。
「September」がメロディーに乗って何度も繰り返されると、民謡の合いの手(囃子詞)みたく聴こえてくることに気がついた。この歌詞の中で「September」は言葉の意味としてはあまり機能していない。これは大袈裟な考え方かもしれないが、敢えて英語の発音をすることで、日本人の英語(更には欧米文化)に対する劣等感が露呈してしまっているのではないか。1979年発表の作品だが、この意識は今も変わっていないと思う。そしてこれからも永遠に続くことだろう。
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