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 今から20年以上前のことだが、大学事務員の現役時代、学生募集(入試)を担当していた時期があった。これに係る文部科学省主催の説明会が毎年開催されていて、当然私も出張で参加していた。この説明会は次年度入学者を選抜するにあたっての国の指針(ガイドライン)を示すもので、各大学はこれに沿ったやり方をすることとなっている。
 東京で行われる説明会には各大学の担当者が数百人集まる。会場は毎回コンサートが開かれるような大きなホールだった。
 当時、アドミッション・オフィス(AO入試)という学生募集のやり方が普及していた。文部科学省の担当者が、まずこれに係る概要と留意点などを一通り説明した後、質疑応答の時間となった。
 事務員ではなく教員らしき参加者が最初に手を上げて、いきなりこう言い出した。
「アドミッション・オフィス」は英語では「admissions office」と複数形で表現する。日本語でも「アドミッションズ・オフィス」と呼ぶのが正しいのではないか?
 会場の参加者に、声こそ出さないが驚きの雰囲気が漂った。まさか、こんな質問が初っ端に出てくるとは…。しかし文部省の担当者は怯むことなく、淡々と以下のように応じた。
 英語表現では複数形となっていても、日本語のカタカナ表記で言い表した際は単数形となる場合が多いのではないか。既に単数形による呼び方が広く定着していることも踏まえ、文部科学省では「アドミッション・オフィス」という言い方を使っている、と。
 試験によって入学者を選抜する際は、常に複数の入学許可(アドミッション)がある訳で(選抜した入学者がたった1名というのは考えにくい)、それを踏まえた英語表現は複数形が当たり前となる。しかし日本語の世界では、単数・複数の概念がきちんと区別されていない。大学生の頃、和辻哲郎の本を読んで学んだことを急に思い出した。
 和辻哲郎には、哲学のみならず日本語について考察した論文も多くあった。「僕達」や「君達」の「達」は複数であることを示しているが、「友達」と言った場合、それは必ずしも複数を意味しているとは限らない。一人の友達がいる、などと言ってもおかしいとは思われない。「兵隊」などという言い方も、「隊」は隊列や隊伍などのように複数の存在を前提にしているが、一人の兵隊さんがいる、などと言ったりする。日本語の単数形・複数形の概念は、英語圏の人から見ればかなりルーズに思われるかもしれない。いや、そもそも単複に対する観念が希薄なのだと言えよう。
 「アドミッション・オフィス」は、要するに和製英語なのである。英語に詳しい人から見れば不自然に思えるかもしれないが、英語を意識せず日本語として理解すればいいのである。そもそも「和製英語」などという言い方がおかしい。日本語の文脈の中で使われる英語表現は、英単語を加工して作った「英語風日本語」なのである。日本人がどう加工しようと、それは日本人固有の考え方に基づくものだろう。英米人が奇異に思うかは二の次のことである。
 現在では「アドミッションズ・オフィス」と英語を意識した表現をする大学も多いが、日本語の感覚から言えば「ズ」を外した方が素直である。
 実はこれ以外にも「英語風日本語」はいくつも示せるが、とりあえず一つだけ挙げる。自動車のアンチロックブレーキ(ABS)は、英語では「anti-lock braking system」と表現する。brakeの現在分詞であるbraking(ブレーキング)は日本語としてあまり定着していない。現在分詞という概念も日本語の文法にはない。よって、こういう言い方になったのだろう。
 コロナ禍の中で、かつて「Go Toキャンペーン」というのが盛んに話題となった。「Go To トラベル」とか「Go To Eat」とか、いろいろあって有り難がられた。これも英語としてはおかしいと批判した人がいたが、日本語として考えれば、日本人による日本語の造語なのだから、おかしいかどうかはこれに接した日本人の主観による訳である。アルファベットが混じった固有名詞なのだから些かややこしいのであり、好き嫌いの世界の話しとも言えるだろう。そんな表現の言葉尻を捉えるより、その恩恵に与る方向に関心を向けたい。
 「英語風日本語」は、英語圏の人から奇妙に思えても非難されることではない。

 

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