4月22日、大阪梅田で開かれた「川柳文学コロキュウム終刊記念の集い」に参加した。栃木から現地へ向かった私よりもさらに遠方の東北、九州方面からも遥々会員・誌友がやって来た。愛好者同士を惹きつける川柳の力を改めて感じた。あっという間に終わったと感じるくらい盛り上がった宴会、二次会だった。
コロキュウムは今春の第100号で終刊となったが、振り返れば平成15、6年頃、第3号か4号あたりに会員として入会した記憶がある。約20年のお付き合い。私の川柳人生の40代半ばから60代半ばまでの間を占めていて、毎号欠かさず雑詠作品を提出していた。二月(ふたつき)または三月(みつき)おきに提出締め切り日まで苦吟していた頃が素直に懐かしい。
100号できっぱりとけじめをつけて終わらせた赤松ますみ代表の決断には驚くとともに改めてお礼申し上げたい。こういうかたちの終刊、解散というのは中々ないのではないかと思う。大方は会員数の減少で会の運営が行き詰まりフェイドアウトするケースがほとんどである。惜しまれての終刊は、いろいろ考えた末のますみ流のスタイルだったのだと思う。
柳壇の高齢化、愛好者(吟社)数の減少は今に始まったことではない。高齢化の方は、日本全体が超高齢化社会に突入してしまったのだから、世の流れを踏まえればある意味で仕方がない。減少化傾向は、私の個人的な印象では、平成10年代あたりが川柳界の勢いのピークだったのではないか。それ以降は徐々に吟社数なども減っていった。盛り返そうとして新たに吟社が立ち上げられるようなことはあまりなかった。これからの展望として、なだらかな右肩下がりの減少傾向がずっと続いていくのだろう。これを食い止めることはデジタル社会となった今ではなかなか難しい。
私の人生がこれからどれくらいあるのか分からないが、私の生きている間は心の拠り所として、川柳界にそれなりの持続可能性が保たれていることを密かに願っている。そのために私なりに尽力しているつもりでもある。エゴイスティックな考え方だと言われようが、これが私の本音なのである。
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