私はずっと以前から、血液型による性格分類などというものを全く信用していない。昭和の頃から血液型と性格の関係はいろいろと話題になってきたが、私は端からそんなものを内心バカにしていたところがある。
血液型と性格に何らかの関係があるとしたら、単なる統計的な傾向だけでなく、血液というミクロの世界についての生理的な構造や機能と個々人の性格の心理的な仕組みの関連性をアカデミックに突っ込んで考察してくれないと到底納得できない。そもそも血液型で性格を分類できるというなら、顔の形でも同じようなことが言えるのではないか。丸顔や小顔、面長などいろいろなタイプがあるが、そういったものに基づいた性格分類だって可能なのではないか。さらに言えば、色白か色黒か、眉が濃いか薄いか、口が大きいか小さいか、脚が長いか短いか、などなど性格分類のために考察していいような材料はいくらでもある。
学生時代にクレッチマーの「体格と性格」についての解説書を読んだことがあるが、体格と性格には確かに関係性がありそうである。双極性障害、統合失調症、癲癇の三つの病理タイプと、太目、痩せ型、筋肉質の体型にはそれぞれ関連性があるというクレッチマーの考え方には説得力があった。私は大学で西洋哲学を専攻したが、歴史に残る著名な哲学者のほとんどは痩せていた。これは、統合失調症気質と何か関係があるのではないか? 私も一応痩せ型で、大学で哲学を選んで学んだのは偶然なのか必然なのか。私自身には、どちらかと言えば統合失調症的なところがある。双極性障害のような傾向はあまりない。
そしてスイスのユングの心理学から、人間の性格を総合的に観察すべきことを学んだ。例えば、あいつは気性が激しいとか、この人は温和な性格だとか、人間の一面を見てその人の気質や性格の全部を決めつけるのは間違いで、その言動をいろいろな角度から観察すれば、外の仕事ではいつも激情的なところがあるが、家では至極温和であるような人(もちろんその真逆のタイプもある)はよく存在する話しである。つまり性格分類というのも事程左様に単純ではないことが分かる訳である。
単なる占い遊びのようなレベルで当人だけが楽しむなら結構だが、血液型と性格の関係を完全に信じ込んで真顔で語られると、もっと臨床心理学を勉強してよと言いたくなってくる。
かつて私は自分の血液型を訊かれると、あまりにもバカバカしく思える質問なので「C型です」とか「新潟だよ」などとふざけた答えを言ったものだった。完全に信じ込んでいる人は、新興宗教の信者のように見えてきて、恐ろしさすら感じることもあった。思い込みの怖さ、物事を科学的に認識することの大切さを痛切に感じた。
以上いろいろ書いてきたが、そもそも私は占いや運勢なども殆ど信じていない。幽霊は怖いと思うけど、それはテレビや映画の世界の中だけで、本当はその存在を信じていないかもしれない。超常現象と言われるものも大方は怪しいと思っている。神や仏もあまり信じていない唯物論的な性格だから、血液型などから人間の性格を分類するという考え方にある論理の飛躍にはまともに付き合う気はなかった。
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