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 鉄は熱いうちに打てという言葉を私はあまり信じない。今の教育の根底はこれがあるからうまくいっていないのだとも思っている。熱いうちに打っても駄目な鉄はいくらでもある。それなのにすべての人間に可能性があるような、教える側にとって都合のいい話で叱咤激励、鼓舞するから、いろいろな無理や歪みが生じるのである。
 熱いうちに打たれないで大成した例がいくらでもあるのに、そういうことはあまり表に出されない。教育的に不都合な真実なのである。学校の先生も本音と建て前を無意識的に使い分けしているはずだ。
 その学校の先生のことについて言えば、私が小学生の頃、親が先生をしている同級生は成績優秀なのが多かった。家でも勉強を教えてもらっているからなのだろう。羨ましいなぁ、と思っていた。ところが中学から高校に上がっていくと、これらの生徒の成績があまり伸びていないケースをいくつも見てきた。厳しい現実である。
 社会的な道徳観念の陰には必ずそれにそぐわない者がいる。まともに信じる奴が結果的に馬鹿をみることもある。何事も冷静に距離を置いて考えることが大切である。
 川柳だって、なかなか芽が出なかったのに、ある日突然メジャーな大会でトップ入賞するような者がいる。こういう場合は決してまぐれではない。そしてその実力は持続する。反対に華々しくデビューして長く続かなかった者もいる。どちらになりたいか、答えは明白だろう。
 若いうちはどうしても拙速に物事を進めたがる。それで失敗しても諦めないエネルギーがいくらでもあるから何とかなるのだろうが、いい歳になってくるといつの間にか慌てることが少なくなっている自分に気がつく。他人(ひと)は他人(ひと)、自分は自分というマイペースを知らず知らず身に付けているからであろう。
 その境地に達してから詠まれる川柳こそ味のあるものなのだと思う。他人の評価より自分の満足感を大事にする川柳である。決して色気を出すなとは言わないが、色気よりまず自分自身に軸足を置いて詠もうとする姿勢を持ち続けたい。



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