昭和55年に大学を卒業して東京から栃木へ戻り、地元の私立医科大学の事務職として入職した。最初に配属された部署は附属病院の医療事務部門だった。その頃のことで忘れられないことが一つある。
外来患者受付窓口の一つを担当することになった。ある検査部門の窓口業務を数人の職員で朝から夕まで応対してこなすのだが、私より若い女子職員が先輩として既に配置されており、その人の指導で業務全般を学ぶ日々が続いた。
検査を受ける外来患者は予約票や診察券を一旦窓口に渡してから、しばらくして名前を呼ばれて該当番号の検査室へ回る流れになっていた。窓口で内部処理のために数分間待つので、窓口の真ん前にある待合席へ一時的に腰掛けてもらうようになっていた。
それを受付が指示する場合に、先輩女子職員は「前で掛けてお待ちください」(前にある待合席に座って少しお待ちください、ということを簡略した言い方)と言うように私に対して指導した。一応新人職員なので、素直にそのとおりの案内を日々繰り返していたのだが、何となくおかしいと違和感を感じ始めた。窓口の内側にいる職員からすれば前に位置する待合席であるが、相対して外側に立っている患者からすれば真後ろにある待合席である。患者の立場になって「後ろで掛けてお待ちください」と言った方が適切なのではないか。ある時そのように思いついて先輩にそのことを提案したら、それは間違いであるときっぱり拒否された。要するに職員側の立場に立つか患者側の立場に立つかの違いなのだが、先輩は患者本位で考えていなかった。私自身は内心納得できなかった。1年後に配置換えでその窓口業務から離れた。数年経って、何かのついでにこのことを同僚に話すと私の考えに納得し、そのとおりに支持してくれた。なお参考までに言うと、前か後ろかのどちらのものの言い方でも、患者が戸惑うようなことはなかった。どちらでもよかったと言えば、それまでの話しではある。
さて、何故こんな些事を持ち出してきたかと言うと、昭和時代の当時の医療サービスとは、一事が万事こんな感じだったからである。癌の告知もしない、インフォームドコンセントやクリニカルパス、セカンドオピニオンの概念も普及していない。個人情報保護法も施行されていない。要するに患者の観点に立って医療を施すという発想がやや乏しかった。医療機関が病気を治してやるという意識、上から目線がどこの病院のどんな職種にもあったのである。前に座って待ってもらうか後ろに座って待ってもらうか、こんな言い回しからもそれが滲み出ていた。患者様などと丁寧に呼ぶ今の応対から比べると、まさに隔世の感がある。
当時私は喫煙者だったが、窓口で職員がタバコを吸いながら業務を行うことが黙認されていた。やはり今では考えられない話しであろう。当時は成人男性でタバコを吸う者は多数派だった。呼吸器疾患を専門とする医師ですら平気でタバコを吸っていたのである。今の若い世代では想像できないことだろうが、ある意味でそんな長閑な時代でもあった。
それから平成に入って、医療も少しずつ患者本位に変わり始めた。医療ミスによる訴訟も増えてきて、患者の泣き寝入りも少なくなってきている。患者の権利意識、医療関係者に対する対等意識も芽生えるようになった。半面クレーマーやモンスターペイシェントも確実に増えたが…。もちろん受付窓口で職員がタバコを加えながら患者に応対するようなことも有り得なくなった。健康増進法も施行されるようになって、タバコが何処ででも吸えなくなった。もうそんなことは想像を絶する世界のことになっている。
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