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 またまた大学生の頃の話題で恐縮ではあるが、哲学専攻だったので科学思想史の本を結構何冊も読んだ。そこから更に科学技術史、文明史の本も捲った。
 日本の技術史のことを書いたある本を読んでいると、和時計の不定時法のことが書かれてあった。不定時法とは、日の出から日の入り(昼間)、日の入りから日の出(夜間)のそれぞれの間を6等分し、それを一刻(いっとき)とする江戸時代までの日本の時刻表示のことをさす。日の出と日の入りの時刻が季節によって変化するため、当然一刻の長さは日々、変化していく。 江戸時代に日本で製作された和時計は、これに対応するため、季節ごとに干支の間隔が異なる文字盤に交換したり、移動式の駒を手動調整する機構などを開発していた。季節ごとに昼夜の時間が変わるため、季節感を重要とした日本人の生活にはなじみが深かったとされている。
 これを読んで驚いた。いくら日本人がお天道様の下で働く農耕民族であるとはいえ、こんな時間の計り方をしていたら、夏は働き過ぎ、冬は働き足らずで体が狂ってしまうのではないか。やはり夏でも冬でもきちんと8時間の労働と同じく8時間の睡眠がベストなのではないか、とか考えてしまったのである。当時まだ20歳そこそこの私は、江戸時代の日本人の時間意識に到底ついていけない、信じられないとしみじみ感じたのだった。
 しかしそれは若かったからそう思ったのである。年を重ねるにつれ、この時間意識が少しずつ分かるようになってきた。夏場は日が昇れば早起きして暗くなるまで何とか頑張る。冬場は日が昇るまで朝寝が続いて、夜の帳(とばり)が下りれば早々に家へ帰る。そういう傾向が年とともに出てきていることに気がついた。考えてみれば、時計を持っていない動物たちは、四季の中でそんな体内時計を持って日々の生活を送っている訳である。
 「サマータイム」というのがあり、かつて日本でも導入されたことがあった。結局はいろいろあって普及しなかったが、よくよく考えるといくらか人間の体内時計には合っているような気がする。この反対に「ウインタータイム」もあっていい気がする。
 例えばこんなことはどうだろうか。夏場の昼間の1分は70秒程度と多くし、夜間の1分は50秒程度と少なくする。冬場は逆に昼間は50秒、夜間は70秒とする。そういう設定変更が出来る時計があったら、案外その変化に日本人のメンタルもフィジカルも馴染むようになるのではないか。季節の変わり目の時期には秒数の微妙な調整が必要になるかもしれないが、春分と秋分はそれぞれきっかり60秒にすればいい。実際に、そのような腕時計を開発した人がいたらしい。
 時間の意識について、もっと動物的な感覚を持てば、時間についてのストレスも軽減されるような気がしてくる。まっ、グローバルに考えるととても無理な話しではあるが…。

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