数か月前に、町の役場からアンケート調査の依頼が突然郵便で届いた。町内の高齢者を任意で抽出し、健康や生活についての実態や意識を調べようというものだった。ページ数が結構あって、質問は細かいことをいろいろ訊いてくる。選択肢をペンで丸囲みするものがほとんであるが、うーん、面倒くさそう。しかし町のために協力したいという思いもなくはない。町の運営する公共施設を利用したり、町が主催するイベントに参加したりと、それなりに町から享受しているものがいくつもある。無下にできない。そんなことをしたら罰(ばち)が当たりそう(これは言い過ぎか(笑))。
とりあえずページを開いて、質問項目に一個ずつ向き合う。どんな調査内容だったかというと、もう記憶は既に朧気になっているが、一人暮らしかどうか、心身の健康はどんな感じか、病気になった時にかかりつけの医者はいるか、介護が必要になった際に頼れる身内がいるか、家計は苦しくないかなど、高齢者のことつにいて想定できるすべてを網羅しているような印象だった。
こういうアンケートで見栄を張っても仕方がないので、一々素直に答えていく。こんなことを事細かく聞いて一体何になるのだろう、などと疑問を持ちながらも最終ページにまで辿り着いた。そして最後の質問が「あなたは現在の生活に満足していますか。1~10の10段階の中から一つ選んでください」というものだった。
ここに来て、いきなりペンが止まった。ぎょっとした。そんなことをこの俺に訊くの?と思ったのである。そして、10(全く満足している)の選択肢に丸印を付けようとしてすぐにペンの動きが躊躇われた。今の自分について100%満足して幸せであると密かに宣言してしまったら、この先何か不幸が起きたらどうしようと、小心者の私は少し嫌な気分になったのである。思い直して9を選んですべての回答を終えた。その後いつもやっている夕方の散歩の際に、近くのポストへ返信用の封書を投函した。
今の生活が満足である、幸せな人生であるとしみじみ思うのは己の一生の着地点がいよいよ見えてきてから言う台詞なのではないか。安っぽいドラマでよく見かける臨終際のシーンである。それを現在の自分に引き寄せることはさすがに私には無理である。少しぐらいの不満や不安はいつも抱えている。それが生きる糧にもなっている。
そうかと言って、不満だらけ不安がいっぱいと感じるのも淋しい。若い時分ならそういう気持ちにもなる。自分が抱える欲求不満や何らかの欠如感が、何かのきっかけで頑張れるやる気にがらりと変わることもあるだろう。しかし、今年70歳になる私のような人間には、それは無理というものである。今更大きな夢も野望も持っていない。些細な夢は密かに持っている。だけどそれが実現しなくても失望するようなことはないだろう。今までの人生で後悔することもいろいろあったが、結果的によかったこともたくさんある。プラマイゼロである。
ペンの任せるままに丸囲みしていたが、最後の最後のところで緊張感が高まる質問項目を提示してくれたアンケートだった。役場もおもしろいことをやるなと感じた(国の施策に基づくものかもしれないが)。
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