2年前のことになるが、2024年5月放映のNHKのEテレ番組「NHKアカデミア」に、2020年に出版して話題となった「人新世の資本論」(私は読んでいない)の著者である斎藤幸平さん(東京大学准教授)が、前編・後編の2週2回にわたって出演していた。前編は「脱成長!新・マルクスの世界」、後編は「資本主義のその先へ」というタイトルだった。この番組は今でも時々観ているのだが、当時の私は前編を見逃しながらも偶然に後編だけを視聴することができた。
その後編の冒頭でいきなり、2015年に国連総会で採択された「SDGs」(持続可能な開発目標)は、件の自著の中で「問題の解決からむしろ私たちの意識を遠ざける『大衆のアヘン』だ」と強く批判したことを紹介していた。私にはこれが痛烈な発言に思えた。そして、さすがカール・マルクスを長く研究されている方らしいもの言いであると感じた。マルクスは「宗教は大衆のアヘン」である断じていたが、当然それを踏まえていたのだろう。斎藤さんにとって、SDGsは(迷信に満ちた)宗教程度の代物なのである。
そのSDGsは17項目から成り立っている。「貧困をなくそう」から始まり「パートナーシップ目標を達成しよう」で終わる。健康や福祉、ジェンダー平等、エネルギー問題、気候変動など、現代社会が地球規模で抱えるあらゆる問題についての解決目標を掲げている。私はこれを読んだ時、なんて総花的なのだろうと感じたものだった。
多岐にわたった目標を設定すると、どれも満足に達成できないことが懸念される。目標というものは、戦略的に絞り込んでから攻めていかないと、虻蜂取らずでどれも目指す到達地点までは行き着かない。これは若い頃に私が経験している実感である。SDGsもそうなってしまうのではないかと危惧していた。つまり斎藤さんの発言を聞いて同じ思いだったのである。
現役時代の20代から30代にかけて、職場の労働組合に長く関わっていた。当時は活動が盛んだったこの労働組合の執行部が当局と団体交渉する際に、毎年要求項目をいくつも並べて突き付けることにいつも違和感を感じていた。要求した以上それをしっかり実現させたいのなら、いくつかに的を絞って項目を掲げ、そのすべてを受諾するよう求めてしぶとく交渉する。項目が盛りだくさんになっていると(まさに総花的)、交渉の過程でお互いの落しどころを探り合うようになってしまい、いくつかの通りやすい(裏を返せば当局が吞みやすい)要求だけが通って結局はお茶を濁される。それでお互いのメンツが保たたように交渉は妥結して、気勢を上げてストライキを決行しようとしている職員の意気が萎んでいくのである。
そういったことが何度も繰り返されて、団体交渉を含めた組合活動が次第に下火となっていった。そして私は組合活動から離れた。この苦い記憶の澱が脳裡に今も残されているので、国連が掲げた17項目のSDGSは、その数の多さからどれも端(はな)から実現が疑わしいものに思えたのである。
斎藤さんはそんな戦略的なことも踏まえながら批判的に論じたのかどうか分からないが、番組ののっけからの発言で、私は一気にテレビ場面へ釘付けとなったのである。しかし、そこから「コモン(市場に任せてはいけない、社会で共有すべき富。水や医療、教育、公園などの公共空間など、人間が生きていくために必要なすべてのもの)」の概念を持ち出してきて、自分が関わっている草の根運動みたいなことを紹介し始めた時、何か違和感を覚え始めた。マルクスに倣って、経済学者として現場に行くことの大切さを感じ、高尾山での自然保護の活動などに関わっているという。それって、大衆のアヘンと批判したSDGsとどこが違うのかと思ったのである。自身の活動を紹介する画面を眺めながら次第にもの足りなさを感じ、それで後編を観終えた。そして、それでは前編は一体どんな内容だったのか、どんな発言をしていたのか、ずっと気になっていたのである。
それが今年の2月に再放送されて、前編も視聴することができた。そこではまず「今更マルクスかよ」と言われるかもしれないが、と些か皮肉交じり(自嘲的とも受け取れるが)の前置きをして資本論のことを紹介して語り始めた。正直に言えば、私もそういう今更感の思いを持っている。マルクスが約150年前に予言した社会の変動(資本家と労働者の階級対立の果ての共産主義革命)については、そのとおり実現した国は存在しない(革命が起きた例はあるが、マルクスの言うとおりのプロセスを経てはいない)。そして強欲な金融資本主義が相変わらず地球を跋扈し続けているのが今の世界の状況である。
次に斎藤さんは「脱成長のコミュニズム」について論じていたが、高市首相が国会で演説した、スイッチを押して押しまくる成長戦略の話題が昨今の新聞を賑わせていることを踏まえれば、うーんと思わず唸ってしまう。これにも今更感を抱いてしまう。インターネットやスマホ、AIの無い暮らしに人類はもう戻れないのである。高度経済成長期に交通戦争という言葉が流行して、交通事故を減らすための対策が盛んに論じられたが、クルマの無い社会に戻そうなどと能天気に言えば、誰にも相手にされなかった。これと同じで、脱成長もいくら熱心に説いても、もう見向きもされない概念なのではないか。国際社会が持続可能性の大切さをいくら説いて叫んでも、気候変動などの問題に対するトランプ大統領の発言を聞けば分かるように、大国がリードして走り続ける資本主義の成長を停めることはできない。元に戻ることはもう所詮無理なのである。
理想と現実との乖離はいつの世でも繰り返されることではあるが、高齢者になると老い先を考えて、理念も理想もどこか他人事にように思えてきそうになる(それではいけないのだろうが)。番組の最後では視聴者からリモートで質問を受けるコーナーが毎回設定されているが、今回も若い世代からの意欲的な質問が出されて、斎藤さんは丁寧に答えていた。私も20代の頃はこういったことに関心を持ったものだった。実際には一つも行動的ではなかったが、社会問題についての本を読んでは頭の中で一人能動的に思索していた。
スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんみたいな人はなかなか日本では出てこないだろうが、それでも共感している若者はたくさんいるはすだ。かつての学生運動の世界的な動きは日本にも及んでいたが、現状に不満を持つことはいつの時代でも若さの特権である。マルクスにしてもトゥーンベリさんにしても、欧米人はラディカルなものの考え方をする。しかしこれを真似て活動すると、一生懸命になり過ぎて挫折することがある。
話題が少し逸れるが、Eテレで長く続いている番組「ねぽりんぱほりん」では、東日本大震災でボランティア活動を続けた若い女性が、いろいろと思い悩んで疲れ果てた挙げ句に東京でキャバクラ嬢になった例、救命救急センターでやりがいを感じながら一生懸命に働いていた看護師が、ストレスを溜めてしまいその後美容外科医院に転職して100万円の月収を得ている例を紹介していたことがあった。
この二つの例は、極端から極端に走ったようなケースだと思われるかもしれないが、当人のメンタル面では案外バランスがとれた選択(方向転換)だったのではないか。ボランティアとか社会貢献とか、やりがいを感じてずっと続けることは素晴らしいが、所詮自己満足であるという冷ややかな意識も頭の隅にいくらか留めていた方がいいだろう。挫折した時に受けるダメージを最小限に食い止めるために必要だと思う。世の中は自分の思うとおりにはならない。でも人のために自分がやったことは少なくとも自分の人生には意味があった。自分を成長させることにつながった。それを認識することができただけでもいいではないか。
国際的な機関に勤務したり、あるいはNGOの組織に入ったりして、そういう立場から貧困問題に関わり、難民保護や医療・食糧支援などの海外支援活動に従事することは立派な仕事であるが、終わりの見えないゴールに虚しさを感じることもあるだろう。悩む時が必ず来るはずである。そうなった場合、 自己満足でもいいのではないかといくらか考え方を変えてみる。自分がどれくらい頑張ったか、どれほど貢献したかにこだわり続けたらメンタル面のバランスがとれなくなることもある。まず自分が満足したかどうかの尺度を持つことが大切ではないかと思う。
番組の後編で共感したことが一つある。「共事者」の概念である。NHKのホームページから以下のとおり要約してみる。
[「社会運動ってちょっと参加するにはハードルが高いよね」とか「うちは子どもが小さくて、そういうデモに参加する余裕もない」とか「地方に住んでいるから、東京で開催されている気候変動の問題には参加できない」とかの声が出てくる。さらに世の中には問題があふれている。気候変動、ジェンダー、今で言えば、戦争とかインフレ、格差、本当に問題があまりにも多くて、その全部にコミットするような活動はできない。しかし今日覚えていただきたい言葉がひとつあります。それは“共事者”です。
この言葉を私が知るようになったのは、福島の原発の問題を現場に行って考えようということで、福島県のいわき市に在住する小松理虔さん、彼はその地域で地域復興などをやっているローカルアクティビストなんですけれども、彼の元を訪ねて、原発の問題とかいろんなものを見せてもらった時があったんです。そのときに私が彼に言ったのが「こうやって見せてもらって大変勉強にはなったけれども、私はこの取材が終わったら明日には東京に帰って、またいつもの暮らしに戻って、そうやって福島で作られた電力を使うような暮らしになる。言ってみれば、当事者にならなくて済むような自分が、こんなに深刻な問題について何か気軽に発信することもはばかられるし、どうしたらいいんだろうか」ということを相談したんですね。そうしたら小松さんにかけていただいた言葉があって「確かに斎藤さんは当事者ではないですよ。だけれども、こうやって福島に来て現場を見て、福島で今日一緒に飯を食って酒を飲んだら、斎藤さんも福島のことを一緒に考えてくれる“共事者”だ」と。「当事者ではなくても、事柄を共にする共事者には斎藤さんももう既になっているんですよ」という優しい言葉をかけていただいたんですね。]
当事者までいかなくていいのだ。共事者のレベルでも意味がある。私もそのとおりだと共感を持った。物事はまず知ることが大切である。それから可能であれば行動する段階へ入る。さらに主体的に関わっていく。そういった階段を一歩ずつ昇ることが重要だが、最後まで行き着く必要はない。自分の判断で何段まで昇るかを決める。それでいい。しいて言えば、知るという最初の一段は誰でも昇るべきかもしれない。それは物事を客観的に認識して、そこから自分なりに考えてみようとする一段である。何であろうと知って考えることが好きな私は、共事者の概念の素晴らしさに感銘したのである。
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