一年も終りに近づけば、人は誰でもその年を振り返りたくなるものである。私も例外ではない。
毎日の生活が川柳中心に回っている。いやこのブログの更新も、おカネにはならぬが大切な日常業務である。一人暮らしの家事や家計のことに気を配ることも嫌いではない。専業主夫向きであることは以前にも書いた(2024年2月15日「専業主夫になりたい 」)。
60歳で定年退職してからの人生は現在9年目となるが、振り返ってみると毎年いろいろなことがそれなりに起きていた。長く会員だった下野川柳会の柳誌「川柳下野」の編集を毎月手伝うことからそれは始まったようである。一緒に携わっていた元会長が長く「読売新聞とちぎ時事川柳」の選者を務めていた。それを私に譲りたいという。そして同誌の「新人教室」欄での添削指導も、担当が長くやっていた方が交代したいと申し出ているので私が引き受けてくれないかとお願いされた。この二つは平成30年から引き受けることになった。栃木県文芸家協会の事務局長と「朝明」編集委員長も同年から就任した。
令和元年になると、「川柳の神様Ⅰ」が上梓された。こういった類のものを著すのは初めてだったので気合が入った。令和2年になると川柳教室の原稿2年分を改稿した「添削から学ぶ川柳上達法」の上梓があった。令和3年は日川協の理事に就任した年である。令和4年は地元の教育委員会からの依頼で「川柳入門教室」の講師を任された。令和5年はテレビ朝日の「川柳9会」に出演した。令和6年は「介護の日」川柳コンテストを主催しているグッドタイムリビング株式会社から、同コンテストの審査協力をしている関係で、同社が経営する高齢者住宅での川柳出前講座の講師を依頼された。
この間にも川柳マガジンから選や執筆をいくつか引き受けていた。こんな感じで毎年何かが定年退職後の8年間に起きていた。
さて、令和7年である今年も年末に近づいてきたのでいろいろ振り返ってみると、何かが起きたということは特段なさそうなことに気がついた。ちょっと淋しい感じもした。まっ、そんな年もあるだろう。変に色気を出していろいろなところに自分を売り込んでも、己の年齢を考えれば心身の健康維持にはあまりいいものではない。孫たちと念願の大阪万博へ行ったことを今年一番の楽しい思い出にしようと自分なりの総括をした。
ところが10月下旬に、早稲田大学エクステンションセンター(早稲田大学オープンカレッジ)から川柳講座の講師を来年度担当してくれないかというオファーがメールでいきなり舞い込んで来た。大変驚いたが、その後の担当者とのZoomのやりとりで何とか私でもやれそうな気がしてきた(と言いつつ今でも、受講生が集まってくれるか不安がある)。全6回のシラバスを考え始めると気持ちも引き締まってくる。私にとっての今年の大きな出来事は、このオファーが来たことだった。
来年は何があるだろうか。もう齢なのであまり欲は出さない、無理はしないと決めているが…。
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