4月号近詠作品からの鑑賞をめいばんの近藤塚王さんにお願いしました。
○子と孫に命燃やして消えた妻 山井十文字
”消えた”とは逆説的な表現で、夫人への限りない慈しみが感じられる。命を燃やし、幸せな方だったに違いない。ただ、夫としての責務を考えたとき、忸怩たるものがあるのも事実だろう。お互いに。
○日向水栄養過多の世を映す 立山ゆう子
ぬるま湯にどっぷり浸かっていた人には、今回の感染症禍は、晴天の霹靂だったかもしれない。でも、100年に1度と、歴史が教える。平和に安んじすぎていたのも、事実である。 “日向水”とは言い得て妙。
○黙食に母の躾が蘇る 彦坂 石転
ご飯は黙って食べなさいと、母によく言われたものである。「黙食を辞書で引いても出てこない」(柳歩)のは当たり前で、当時は、常識以前のマナーだったから。
『広辞苑』の第八版には、掲載されるに違いない。
○黙食後マスクで会話盛り上がる 山上 宣子
アクリル板に仕切られて、黙食。それでもなお、会食の魅力には打ち勝てない。AI機器相手でなく、人は人にしか温もりを感じられないので。おしゃべりが過ぎ、マスクを取り換える人も
○目の中に星を育てていた少女 藤森ますみ
少女期のロマンチシズムを、このように言う人も少なくなった。タカラヅカの古典『ベルサイユのばら』で、原作漫画にある目の星を、どのように舞台化するかという課題に挑戦した、演出家(植田神爾)の苦心談を思い出した。
○踏ん張って思いどおりの道をゆく 伊藤紀雍子
自身、大した人生とは思っていないのに、邪魔が入るものである。そんなとき、踏ん張って、我を通すかどうかが、分かれ道らしい。後悔より、ちょこっと幸せだっただけ、生きてきた甲斐があったと思う。
○よく耐えた妻に僕から感謝状 故高柳 閑雲
私を含め、男というのはシャイなもので、心の内をなかなか明かさない。川柳の見つけとして、たびたび取り上げるものの、妻への謝意には、とくに臆病。でも、言葉には早く出すべきで、分っているだろうではすまない。ご家族には、とっくに通じていたとしても。
託すべき人ほど早く逝く無念 塚 王
塚王さん、三か月間の鑑賞をありがとうございました。
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