記念句会に引き続き、式典懇親会が開かれ、高尚な宝生流仕舞や生田流箏曲、江戸のおもてなしとして端唄舞「浅草参り」などの芸能も交えて楽しまれました。
参加したのは記念句会の柳人に加え、「柳多留発祥の地」=「上野」の文化人、政治家、地域代表の皆々様。200名超の参加者が、上野東天紅最大の鳳凰の間を埋め、賑やかに進行しました。
服部台東区長の「上野公園入口というこんな地域の一等地に、文化的なモニュメントが設置されることは、日本中を探してもめったにないことで、上野の山全体がユネスコの世界遺産に登録されれば、世界遺産の入口の看板的存在にもなるだろう」という祝辞や、十五世脇屋川柳先生の「柳多留250年という川柳の大きな節目に、川柳家として健康な状態で参加できたことを有り難く思う」というメッセージが、心に響いてきました。
柳人、特に指導者層の高齢化が心配ですが、ここにひとつの節目を超えられた事を誇りに、明日の川柳を広く文化・文芸として社会に広めていきたいものです。
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